20.
「あ、みょうじさんだ」
「…葦木場くん」

例の修羅場から一夜明け、今日もせっせと文化祭の準備に取り掛かっている。
ペンキ貸し出しコーナーでばったり鉢合わせたのは葦木場くんで、特注サイズであろうジャージに身を包み両手はペンキの入ったボウルで塞がれていた。
慣れた手つきで生徒会によってボウルに流されていくペンキは混じり気のない赤で、私の手を染めているのと同じ色だ。
葦木場くんも赤色を借りにきたらしく、ペンキの淵には赤色を筆で落とした跡がついており、ロールアップにされた脛にも赤いペンキが一つ線を引くように飛んでいる。
脛が女子並みにつるつるだというのを自転車部に突っ込むのは野暮なことなのでそこはスルーして、赤いペンキの線がカッターで切った跡のようにも見える。そう指摘すると、葦木場くんは「なんだか痛くなってきた!」と大げさに足を摩った。相変わらずの天然ぶりだ。

「そういえばみょうじさん、ユキちゃんと何かあったんですか?」

天然が故、切り込んでくるところは無自覚に鋭い。
ユキの機嫌がすこぶる悪いのだとデフォルトの下がった眉で言われると、出刃包丁を腹に突き立てられ、そのまま90度回転させられたような気分になった。
冗談でそう言うとまた驚いて、「誰かに刺されたことあるんですか?」と葦木場くんは痛みを堪えるように腹を抑える。真に受けるのが葦木場くんだ。そして、これで誤魔化せないのも葦木場くんだった。

「もしかして、ユキちゃんに包丁で刺されて、それで?」
「いや、私普通に今怪我してないよね。なんならお腹見せようか?」
「それはユキちゃんに怒られそうだからいいです…みょうじさんが怪我してないならよかったあ」

にへら、と笑った葦木場くんは私に致命傷を負わせた同一人物だとは思えない。
仕方なしに昨日のことを話すと、葦木場くんは三回瞬きをして口を大きな手で抑えた。
ペンキの追加が終わり生徒会の人からボウルを受け取り、葦木場くんのボウルを渡すとそこに赤色が注がれていく。
何十センチも先を見上げると、後輩は少し悲しい目をしていた。

「みょうじさんはユキちゃんが他の女子と一緒にいるのが嫌で、ユキちゃんはみょうじ他の男子といるのが嫌なんですよね?」
「そうだろうねえ」
「ユキちゃんはみょうじさんに嫌われたって言ってましたけど、そんなことないんですよね」
「うん、そんなことないね。ていうかそんなこと言ってたんだ」
「はい、オレがヤキモチ焼きだからーって」

…ん?
なんだか違和感を感じる。
私がユキに校門前で会ったとき、まだユキはご機嫌だったし、不機嫌になったのは私が二年生を送ってあげなよと言ってからだったはずだ。
だからヤキモチ焼きだというなら、それは私の方になる。そのあとクラスメイトをだしに使ったけれどそれに対しては特に何も私は言わなかったし、向こうも何も言わなかった。
変だなと首を傾げていると葦木場くんのペンキも満タンになったので、二人ならんで廊下を歩いていく。
葦木場くんは足が長いから着いて行くのが大変だったけれど、私が知らないユキの話をたくさんしてくれたので必死に小走りになって着いて行った。
三年生の教室のある二階に着いて別れた後、葦木場くんに呼び止められ振り向くと、やっぱり下がった眉が私の心の罪悪感やらなんやらをつついた。

「あの、ユキちゃんはすごくいい子で、みょうじさんのことすごく好きだから、嫌いにならないでください」

嫌いになるわけないのに。葦木場くんを見ていると、なんだか嫉妬ごときでユキに意地悪をしてしまった自分が醜い生き物に見えてきた。見えてきたんじゃない、実際にそうなんだ。葦木場くんは、後輩はピュアな生き物だ。
立ち止まったままの葦木場くんに聞こえるように、できるだけ大きな声で言った。

「私、ユキのこと好きだよ。好きだから、嫌いになるわけない」

できればユキの教室にまで届きますように、と願って。






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