19.
秋の7時となるとすっかり日は沈みきっており、橙を残さずにほぼ黒と紫になった空には街灯がよく映える。
当初はきりのいいところで切り上げ自宅で勉強しようと考えていたのに、結局最後まで残ってしまっていた私は、こんなことならジャージに着替えておけばと今更ながら後悔していた。
理由の半分はブラウスを汚したことで母に文句を言われるであろうという憂鬱さからだが、残り半分は同級生と楽しげに話しているユキを見てしまったというところによるものだ。
あのときジャージを着ていれば洗いにいくことなんてなかったのに。
寮組と通学組に分かれ校門を出て手を振って、電車通学同士で帰ろうとすると今しがた通り過ぎてきた校門からまた別の一団の声が聞こえた。
カクテルパーティ効果というのだろうか、一つだけ聞き分けられる声があり、一団が二年生の集団であろうと気づくまであまり時間はいらない。
通学組の何人かは楽しそうなその声に振り返り、別の学年だとわかるとすぐに会話に戻ったが、私だけはそうすることができなかった。
ユキの隣に立った女の子はさっき一緒に買い出しに出ていた子だろうか、楽しげに輪の中で笑顔を浮かべている。
年上の余裕というものを持ちたいという妙な見栄から、気づかなかった振りをしようとその一団に背を向けたと同時に名前を呼ばれ、その行動は無駄となった。
二年生達が会話をぴたりとやめ、私のクラスメイトも含め周りの人間の意識が私とユキに向く。
歩み寄ってきたユキの表情は柔らかく、そんなユキを見て私もつい口元が緩んでしまったが、それは一瞬のこと。
ユキの後ろに見えた女子の、対照的なまでの表情に目を奪われた。
一言で言うなら、絶望。
「会うのは久しぶりですね」から始まって、こんな遅くまで珍しいと言いかけたユキの言葉を遮って彼女に指を差すと、二人の肩が震えたがどちらも違った意味を持っている。

「ユキ、クラスの子と帰ってんでしょ、送ってあげなきゃ」
「…あ、あの、わたしは」
「なまえさん、」
「じゃね、気をつけて」

間違いなく逃げと呼ばれる行為を、ユキは黙ってさせてくれなかった。
クラスメイトの輪に戻ろうとする私の腕を掴んだユキの顔はさっきとは打って変わって目を見開いており、驚きと焦り、ほんの少しイラつきが見える。
絶望から心配に色を変えた女の子は私の視界をちらついて離れず、おどおどとした様子からは先ほどまでの楽しげなさまはすっかり消えていた。

「送ります」
「いや、あの子のこと、送ってあげて」
「オレはなまえさんと一緒にいたい」
「駄目、危ないでしょ。女子の一人歩きなんてさ、もう暗いし」
「なまえさんもですよ」
「私は……クラスの人が、送ってくれるし」

ちょうど後ろにいた男子に目配せすると、男子は明らかに面倒ごとに巻き込まれた、という顔をしながらも頷いてくれ、その結果ユキに睨まれることになってしまったが、苦笑いを浮かべるだけで私に文句は言わなかった。
そんな私と男子を見たからだろうか、ユキは俯いた後、諦めて強く握っていた私の腕を離し、二年生たちの元へ歩いてゆく。
私たちの話がよく聞こえなかったのだろう、ユキがクラスメイトに何があったと尋ねられている間に私たちは学校を離れ、できるだけ早足で駅へ向かった。


どうしてあんなことを言ってしまったのかというと、つまるところ嫉妬によるものである。
私は自覚している以上にわがままで嫌なやつで、やられたらやり返さないと気が済まない性分だった。
文化祭前だからとわかっていてもユキが同い年の女子と楽しそうにしているのが気に食わなかったらしい私の頭は、ユキに意地悪い言葉だけを投げつけることを選択した。大人気ない。
校門で偶然ユキに会って嬉しかったのは当たり前のことだが、同時に私がどんな気持ちで二人を見ていたか知らずにヘラヘラとしていられるユキに怒りも覚えたのだ。
ユキも私が感じたことを味わえばいい、なんて馬鹿らしいけど、やってしまったものは仕方ない。
クラスメイトの男子には申し訳ないことをしたがそこは帰りにカバンに入っていたルックを一つあげたことで許してもらえただろう。優しいやつだ。
ちょうど三ヶ月目に差し掛かっているということに気がついたのは帰ってからだが、倦怠期という言葉があの時以来私の頭をくるくると回っていた。
ドキドキしない?そんなことはない。だけど、会えなければドキドキしようもないだろう。
なぜあの時嫉妬心を鎮めて二人で居ることを選択しなかったのか?その時点で答えは出ている。
ここが壁というやつなのだ。ここを乗り越えられるか否かで今後の交際が大きく上下する。まず、交際していられるかも危ういところだ。
ユキのことは好き。だけど、好きっていうのは甘いものだけでできていない。恋の苦い部分は、私が一番よくわかっているだろう。


140404






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