17.
ユキと付き合い出してから早いものでもう二ヶ月が経ち、夏の暑さはまだ収まらぬ9月。
来年のインターハイに向けての練習と大学受験に向けての勉強でお互い忙しく、学年も違い気軽に会うこと出来ないため、ユキと会うのは週に一度か二度、時々会わない週もあった。
連絡は私が頻繁なメールを苦手としているため会えなかった週に少し交わす程度で、ユキもそれをわかってくれているのか時たま時間の空いたときにしか送ってこない上に、「メール苦手なんだよね」と言ったのが相当響いているらしくその時々届くメールですら文章は控えめだ。
朝から晩まで四六時中メールするのが苦手だという意味で言ったつもりだったのだが、私が本当にメールを苦手としている風に思われたのだろう。
会えないときくらい素直に送ってきてくれても喜び以外のなにものでもないのに、すいません、なんて文頭の五行ほどのメールがたまらなく愛しい。

さて、9月も終盤に差し掛かり、とうとう二学期最初の中間テストが近づいてきた。
自分で言うのはなんだが、日頃の予習復習の甲斐があり、今回の範囲については自信がある。
テスト前ということもあわせて今週は会えていなかったユキに、勉強の調子はどうかとメールしてみると、どうやら数学に手こずっているようだった。
身の回りで成績が一番いいのは泉田くんなのだが、真面目で勤勉な彼に1を尋ねると10が返ってきてしまうため、結局ユキのためにならず先生には向いていない、とのことらしい。
それならばと私が提案したのは二人での勉強会で、部活は当然テスト前であるから活動停止中なので、授業が終わってすぐに二人で私の家へ帰ることとなった。
ユキがうちに来るのは夏休み直後に母に紹介したことを含め三度目だが、まだ緊張しているらしくその動きはどこかぎこちなく、そんな様子に私はニヤついたままお客様用のスリッパを出して、飲み物の用意をしている間に場所はもうわかるだろうからと先に部屋に入ってもらうことにした。
冷蔵庫を覗くと貰い物であろうシュークリームが入っていたので、あとでおやつにさせてもらおうとチェックしてから部屋へ戻ると、ユキは既に勉強道具を広げていた。準備のいいことだ。

「ありがとうございます」
「いーえ」

テスト前なのは二人とも同じなので、基本は自分の課題をこなしながら、ユキがわからないと言ったところだけ教える形になる。
密室に二人きりとなると自然に距離も近くなり、ココを教えてくれとせがまれる度にシャーペンで問題を示して解説しながらも、自分の右腕に触れるユキの左腕に一人密かにドキドキしていた。
こっちは不純なことを考えているせいで問題の解説も一苦労だというのに、ユキは真剣な目で私の指先を追っていて、時々解説に対して質問をはさむほどで、自分が考えていることに対しなんだか申し訳なくなってしまった。
一通り解説を終え、じゃあこの通り解いてみて、と体を離し自分のワークブックの前へと戻ろうとすると、シャーペンを掴んでいた手首を緩い力で握られ、腰の左側に回った腕がぎゅっと抱き寄せられた。
あれよあれよと胡座をかいたユキの上に座らされてしまい、シャーペンがフローリングに転がったが、それも知らないみたいに後ろから抱きしめられて、首筋にユキの鼻があたった。

「ゆ、ゆき。勉強」
「…休憩、しません?」

いま解説したところだと言うのに、私の心中での葛藤や苦労を知らないからかユキは平然と勉強の姿勢を崩した。
制服のままなのでプリーツスカートの襞が歪み、ユキの曲げられた左足が私の太ももに直に当たってしまっていて、妙な気を起こしそうになる。
ユキは一体何を考えているんだろう。身を捩じらせても顔は見えず、お腹に回っていたユキの太い腕が微かに緩むと私のシャツを泳ぐように動き回った。

「ちょ、ちょっと、」
「ダメですか?」

腕が少し、胸に当たっている。
私はダメですかと聞かれてダメですと言えるような人間ではなかった。
ノーと言えない日本人というわけではない。相手がユキでなければ、ノーを全力で示している。
ちゃんと触れてるわけでもなく、揉むとかには程遠くて、本当に当たっているユキの硬い腕が熱された鉄か何かのように感じた。
そのあと親指だけが胸を捉えて、ふに、と柔らかさを確かめるように力が篭る。
押された親指が下着越しに中心に当たって、あられもない声が出たのを咄嗟に口を塞いだが、出たものはもう戻らない。
なんとなく気まずい雰囲気が部屋を満たして、窒息しそうなくらい息苦しい。

「ゆ、ユキ」
「…すいません」

私を解放するやいなや早足で部屋を出たユキは、約十分後、裁かれる罪人のような顔で部屋に戻ってきた。
なんとなく分かるけれど、ここまで落ち込まなくても。
しきりに謝るユキに大丈夫だよと宥めて、勉強を再開した。
進度は先ほどとは比べ物にならないほど落ちている。
大丈夫とは言ったけれど、嬉しかったとはさすがに言えなかった。私にはまだ覚悟が足りていない。

140316






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