16.
短かった高校最後の夏休み。
教室もクラスメイトも、夏期講習のせいで久しぶりとは言えない。
あまり変わらない面々に安心していたはずなのに、中身はすっかり大人になった女子が一人また一人。
夏休みといえば格好のチャンスだ。男子の視線も気にせずにホテルに行っただのなんだの騒ぐ女子を今は人ごとじゃないんだよな、と考えながら聞き流す。
付き合ってまだ一ヶ月しか経っていないが、ユキもそういうことを考えているのだろうか。

「なまえはどうなのよ」
「え?」
「か・れ・し」

態とらしく区切りながら指を差され、どう切り抜けようかと思案した。
どうやっても騒がしくなるのが目に見えているからユキのことはあまり話したくない。
適当にごまかそうとして、口を開く前にそれを別の声が遮った。

「ていうかこないださ、夏期講習のとき一緒にいた男子誰よ」

ばれている。見られている。
嘘なにそれ聞いてない!と騒ぎ出す女子たちに、手遅れかとため息をついた。
背が高くてチャリ部のジャージ着てて、と背格好まではっきり覚えているようで、逃げ道はない。
隠すつもりもないが言い広めるつもりもなかったのに、この様子じゃ広まるのも時間の問題だ。
黙ってくれていたユキや泉田くん、葦木場くんには少し申し訳ない。
諦めて認めると、また一段階騒がしくなった。耳を塞いだ男子と目があって、申し訳なさから会釈する。私が騒がしいわけではないが、ほとんど私のせいなのだ。
いつから付き合ってんの、きっかけは?ていうかあんた東堂くんファンやめたの、と質問責めにされ、めんどくさい質問は聞こえなかったことにして無難な答えを返す。夏休み前から、後輩に告白されて。東堂くん関係は、済まないがNGだ。
ギャーギャーしているうちにチャイムが鳴り、担任が入ってくる。
ガタガタと席に着いてから講堂へ移動して、始業式が始まった。
自転車部は当然表彰されていたが、それに全国の字はなく、各所リザルトを取った東堂くん、福富くん、新開くんが壇上に上がっていた。
サッカー部の表彰に移り、二年生の列を目線で探すと、すぐにその明るい頭は見つかった。
まっすぐ前を見ていて、こちらには気づかなさそうである。距離を見ても、呼べる程度ではない。
仕方なく後頭部に視線を送り続けると、刺すようなそれに勘付いたのかユキが徐に周りを見回した。
それから、目が合う。

「ユキ」

口の形だけで伝わっただろうか。
遠目に見てもわかる位、穏やかに笑ったユキの笑顔がズキュンと胸を貫く。ときめき、と呼ばれるものである。
なまえさん、と口だけで呼ばれるだけで、鼓膜が震えないのに胸が鳴る。これは、完全な病気だ。

一斉に講堂を出て、混んだ出入り口で人に揉まれていると何かが私の腕を掴んだ。
背中がぶつかり、衝撃を感じたままに見上げると、さっき見たばかりの顔がそこにある。2年と3年は混雑を防ぐために退場の時間をずらされているはずで、今やっと他の2年たちが上履きを履き替え始めたばかりだというのに。葦木場くんもなにやらもたもたやってるじゃないか。

「なまえさん、オレのこと見てましたよね?」
「ユキもね」

お互い様である。
思い出したようにそういえばと口を開き、友人に私たちの関係がばれたことを言うと、苦笑いと「そっちもですか」という言葉。
どうやらユキもクラスメイトにばれていたらしく、散々冷やかされた後らしい。
目があっていたのも見られているだろうから、この後が怖いと笑ったユキの顔からは1ミリも恐怖が出ていない。笑わせてくれる。

「言いふらすのはなしで。でもまあ、時間の問題だよね」
「オレ的にはこっちのほうが都合いいです」
「…なんで?」
「なまえさんを誰かに取られる心配もないし」

1,2,3。三秒待ったが、照れない。耐性ができたらしい。
赤面するのは私だけだった。照れ隠しに叩いた腹も、幸せそうに撫でる。
言うならば、私だって同じだ。祭りでユキがもてることは散々思い知らされた。
唾つけて、私のだって背中に紙を貼っておきたい。でもそんなことはできないから、人混みの中でこっそり手をつないだ。



140312






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