15. 高校生になって地元の小さい祭りには行かなくなった私だが、ここは規模が大きいからかユキの友達に会うことが多かった。 高校生とすれ違うたびに話しかけられている気がするユキが知らない人の名前を呼ぶのを見るのはもう何回目か。 その度に彼女だと紹介されるのにも慣れ、よそ行きの笑顔も顔に張り付いてきた。 女の子に声をかけられるたびもやっとするが、そこは年上の余裕で流しておきたかったため、できるだけ顔に出さないようにした。 同期だと思われるのも5度目になれば訂正が面倒になり、その場だけ高校二年生を演じている。 1年違うだけなのに、随分若く感じたのは私の感性が老けているからだろうか。 「すねてます?」 「いや?」 気づいているのかいないのか。 ちょっと疲れたと言うと休みましょうと人混みを抜けた。 神社の石畳の段になっている場所に腰掛けると、今まで歩いていた分の疲労が一気に足を襲う。 鼻緒が擦れた部分に絆創膏を貼った。花火まではもう20分ほどで、私の足の状態を見ると、ここで見ましょうかと提案され、限界が近いと悟っていた私は素直に頷いた。 無理していた分が響いている。 楽しいことには楽しいのだが、やはり人混みは疲れるな。 隣に座ったユキに寄りかかると黙って肩を抱かれて、瞼を閉じればこのまま眠れてしまいそうだった。 「寝れそう…」 「勘弁してくださいよ」 「あは、冗談」 「寝たら…連れて帰りますよ」 あはは、笑えない冗談だ。いや、あながち冗談でもないかもしれない。 でも足も疲れているし、このまま下駄を投げ出してユキに抱っこされて連れて帰られるのも悪くないかも…なあ。 脱いだ下駄の上に足を揃えると、ひやりと風が素肌を撫でていく。 本当に寝そうになっていると肩を叩かれた。花火が始まるらしい。 ひゅるひゅると上る音、それから弾ける音。 一気に頭が覚めた。私の貧困なボキャブラリーでは表現できないけれど、綺麗、この一言に尽きた。 赤、緑、黄色、ピンク。 場所が近いのか、花火は今にも私たちの元へ降ってきそうだ。 ユキを見ると私と同じように見とれていて、顔に花火の色が映っている。 なぜだが涙が出そうになって、またユキに寄りかかった。 「なまえさん」 「ん、」 気づいたユキにすぐに剥がされ、離れた距離は一瞬で縮まる。 花火の下でキスなんて少女漫画じゃないんだから。憧れがなかったわけじゃないけれど。 呼吸の合間に花火、というと、それごと奪われるみたいにまた口付け。 キスしてちゃ見れないのに。必死に目を開けると、花火をバックに薄らに目を開けたユキの視線とぶつかった。 それを合図にするようにして、重なるだけだった唇を舌でつつかれる。力を抜くとそれが入ってきて、どっちの舌なのかわからないくらいに絡まった。 いつの間にか抱えるようにされていた頭に気づき、髪が乱れてしまうなと考える。 よそ見をしていたのを引き戻されるみたいなキスが私をどろどろにした。 「っはぁ、」 あ、花火。 さっきのと比べ物にならないくらい大きいのがひとつ咲く。 人々の拍手が破裂音と混ざり、火薬の音だけが残った。 終わってしまったらしい。祭りの規模の割りに、花火は短かった。 移動し始めた人々を見て、周りにこんなに人がいたのかと今更ながら気づき、そんな人の中でしてしまったことに赤面したが、ユキの向こうで今まさに盛り上がっているカップルを見つけ、遣る瀬無い気持ちになった。 あの浴衣、さっきのフランクフルトの時のカップルじゃ。 こんなところでよくやるものだ。私の目線に気づいたユキが同じ方を見て、すぐに目をそらした。 女子の生々しい話を聞いている私と、健全な男子高校生とはいえ爽やかスポーツマンの彼とではそれに対する耐性が違うらしい。 「ユキ、大丈夫?」 「…いえ」 帰りましょうか、と立ち上がって差し出された手を握り、引かれた力に乗って自分もまた腰を上げた。 勢いのままユキの胸元にぶつかり、そのまま頭にキスされたのは…自分で指摘するのも恥ずかしいので、無視しておく。 「楽しかったよ、ユキ。花火は全然見れなかったけど」 「…あー、すいません」 「反省してないよね?」 「ばれました?」 やっぱり。 目線が乱れた胸元にいっているのは何と無く気づいている。軽く正すと見抜かれたような顔をしていて、にやりと笑ってしまった。 夏休み最後の思い出にしては、上出来でしょう。 140309 ←→ |