11. 知ってたの、と尋ねられるようになるまで、何分経ったのだろう。 一時間後には三者面談だというのに、随分長い時間彼の胸に甘えてしまっていた。 文句一つ言わなかった黒田くんは私の問いに、曖昧ながらも確実に肯定を返す。 どこで知ったのだろう。初めて出会ったときにはまだ、私が失恋していたとも知らなかったと思う。 東堂くんが言いふらすようにも思えないし、私が振られたことはおろか告白したことすら友人は知らない。 「山岳のリザルトラインに、いつも居ましたよね」 ぽつりと呟いた言葉は確かめるようで、聞くまでもないという風だった。 黒田くんは、私が東堂くんのファンだということを知っていた。 彼がクライマーだと言うことはレースに誘われる前から知っていたのに、このことになぜ気づかなかったのだろう。 山岳リザルト最前列で、ただ一人音もなく駆け抜ける東堂くんををじっと見ていた私を、彼もまた見ていたのだ。 「一目惚れ、ってほどじゃないけど、かわいい人だなーって思って、そしたら泣いてるとこに会って」 私が自転車部の応援に行かなくなったのはその直後からだった。気づくのは簡単だろう。 その後自販機の前で再会して、次に会った時には名前を知って、話すようになった。 詰まる距離が心地よく感じていたのはやっぱり自分だけではなかったらしい。 いつの間にか掴まれていた手がじんわりと熱を持つ。 「東堂さんのこと、まだ諦め切れてないんですか」 そう聞かれて、返事ができなかった。 まだ彼に恋い焦がれているか、と聞かれればそうではないと自信を持って答えることができる。 あの日の情熱はすっかり冷め切ってしまった。 だけど、吹っ切れたかと言えばそうではない。 今だに私の中に、東堂尽八というものは重いものを残している。 一人で取り除くには大きくて、無理矢理引きちぎれば私が崩れてしまいそうなくらいに根付いたそれは、もう恋心とは呼べない。 「オレ…が、忘れさせるとか、ダメですか」 掴まれていたのはいつの間にか手から腕へ、腕から肩へと上がっていき、気がつけばこんな間近に顔がある。 抵抗も拒絶も、振り払うこともしなかった。 できないわけじゃなかった。肩を掴まれていても、顔を逸らすことくらいできた。 素直に目を閉じた私に一番驚いたのは、黒田くんではなく私自身だった。 間近で目があって、瞬きをしてからもう一度角度を変えて口付けられる。 暑いのは、7月の温度だけじゃない。 屈むような彼の姿勢、掴まれた肩、存外長いまつ毛、全てが溶けていきそうだった。 「私、結構わがままだよ」 「いいですよ」 「嫉妬する、かも」 「オレもです」 「黒田くん」 「好きです、…なまえさん」 遠慮がちに呼ばれた名前。いつもそうだ。黒田くんは遠慮をするくせに、思い切ったことをする。 小さく頷くときゅっと目が細められる。 もう一度キスされてから、ようやく私の肩は解放された。 140221 ←→ |