10.
根に持つということは、“気にしい”ということである。
先日、自転車競技部のインターハイゼッケン6番を決めるレースが行われた。
結果から言うと、勝ったのは黒田くんではなく1年生だったそうだ。
つまり、インターハイメンバーに選ばれたのは1年生くんで、黒田くんではない。
私が見に行っていればなんて自意識過剰なことを言うつもりはないし、そんなこと全く考えていなかったが、なんとなく行かなかったことで気まずいのも事実。
あれ以来黒田くんが訪ねてくることもなく、7月は半分終わってしまった。
進路相談を兼ねた三者面談が始まり、どの学年も午前のうちに授業が終わる。運動部はそれを利用して、夏の大会へ向けての練習に取り組んでいた。
勿論自転車部も例外でなく、教室の窓からは走り終えたところなのか、ジャージ姿の男子生徒に押される自転車が何台が見えた。
あと1時間もすれば母が来て、面談が始まる。たった1時間しかないため家に帰るのも面倒で、学校で時間を潰すことにしたはいいものの、友達も帰りきってしまっていて予想以上にすることがなかった。
最初の面談が自分のため心置き無く教室で待つことができるのはいいことだが、ひとりぼっちの教室は閑静としていて寂しい。
夏の頑張るスポーツマンたちに気合を分けてもらおうか。冷房の効いた教室を出て1階へと下り、ブロックの敷かれた道を歩いた。
開け放たれた体育館からも、グラウンドからも、テニスコートからも、帰宅部には苦しいくらいの熱気が伝わってくる。
わざわざ外に出てきて、足が自然に向かったのはのは初めて黒田くんと出会った場所だった。
コーンポタージュのあった場所にはつめた〜いのココアが並んでいて、あれからもう約半年経ったのだと実感させられる。
校舎内にも自販機はあるのにわざわざここに来たのは、少なからず期待があったからだ。
黒田くんに会いたい。その一心でやってきたこの場所にはいろいろな思いが散らばっている。会ってどうするなんて考えていなかった。
勝負事にぶち当たる経験が運動部より圧倒的に少なかった私が、負けた黒田くんにかけることができる言葉なんてないというのに。
慰めたいとか、励ましたいとか、そんなつもりは全くない。できるはずもない。
ただ、会いたかった。

「む、誰かいるのか?」

期待とは常に裏切られ、また違った形で叶えられるものである。
角からギアの音を鳴らして愛車と共に現れたのは、銀髪ではなく黒髪で。
世界が嫉妬するような、男にしては艶やかすぎるそれをカチューシャで上げて、自慢の美形のかんばせを露わにした彼が誰かなんて、私が一番知っている。
私があの日この場にいたのは、彼のせいだったから。
この半年間、必死に彼から目をそらして生きてきたのに。
私と同じように目をかっぴらいて驚いて見せた彼は、私とは違いすぐにいつもの自信に満ちた笑みを浮かべる。
羨ましいくらいのそれが、いまでは憎くも、悲しくも感じる。

「久しぶりだな、もう応援には来てくれないのか?」
「…迷惑かと、思って」
「そんなことはないぞ、女子に応援されて迷惑な男子などおらんからな」

本当に、何もなかったように私に接する彼は、私の気持ちなんて少しも知らない。
恋い焦がれていた一瞬一瞬も、一挙一動で心拍数を左右されていたことも。
半年ぶりにしっかりと見た自転車は変わらずにゆき届いた手入れで輝いている。
いっそ自転車になれたら、なんて思ったこともあった。
胸に光るチェーンも、腕のミサンガも、グローブも、シューズも、全部全部目に焼き付いている。
彼が、好きだったのだ。

「っおい!」

気がつけば駆け出していた。
会話の途中で逃げ出した私を心配してか不審に思ってか、東堂くんは自転車と共に追いかけてくる。
女子のことはオレに任せろというくせに、何もわかっていないのは変わっていなかった。
地面のブロックを見たまま曲がり角を曲がると何かにぶつかり、そのまま尻餅を付く。
東堂くんが私の名前を呼ぶのが聞こえて、目の前の何かに反射的に地面に着いた腕を掴まれた。
それが人だとわかるまで1秒。会いたいと思っていた後輩だとわかるまで、もう1秒必要だった。
胸の中ほどまでジッパーの下げられたジャージが目前にある。
抱き寄せられているのだ。彼と同じグローブのはまった手が私の肩を優しく、ガラス細工に触れるように抱いている。

「どこへ行くんだみょうじちゃ…ん?」
「東堂さん」

どちらの顔も見れなかった。
東堂くんの声が聞こえて黒田くんのジャージを掴むと、優しかった腕に僅かに力が篭るのがわかった。
「こういうことなんで」と言った黒田くんの真意はわからない。
ただ私を庇ってくれているのだということだけは、私だってバカじゃないからよくわかる。
驚きの声。偽りのない純粋な感情が現れているそれが私の胸を深く抉る。

「なんだなんだ!黒田も隅に置けんな、仕方ない、邪魔者は退散しようじゃないか!仲良くやるんだぞ!」

いつもの笑顔のままなのだろう。声色はいつもと変わらない。
愛車を連れて去って行った東堂くんが遠ざかるまで、黒田くんは私を離さなかった。
ジャージが濡れていることにはきっと気づいているはずだ。それでも私の顔を上げさせずに、ただ黙って肩を抱いている。
後輩だというのに、私よりも大人なんじゃないか、そう思わずにはいられなかった。






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