9.
あの日以来、黒田くんは私を訪ねてくることが多くなった。
それは福富くんへの伝言であったり、暇つぶしであったり、昼食のお誘いだったりする。
時々後ろには泉田くんや背の高い友人もとい葦木場くんが付いていて、自然と彼らとも知り合いとなった。
冷やかされることには慣れてきたし、黒田くんも「気にしてないです」というので、その言葉に甘え、この関係に落ち着いている。
高校三年生にして後輩の可愛さに目覚めた私は、彼と話すのがとにかく楽しかったのだ。
かわいいと言うだけで不機嫌になる眉も、褒めるだけで緩む口元も、撫でると照れ臭そうに細められる目も、何もかもが可愛い。
若々しさというのか、あどけなさというのか。
17歳の男子高校生に残るそれにあてられている私をババアのようだと罵る友人の言葉も気にせず、今日も私は黒田くんの呼びかけに応じる。

「今度レースがあるんです」

確かに、声をかけて来た時からいつもと様子が違うとは思っていたが、まさかそうくるとは思わなかった。
私が硬直したことに黒田くんは気づいていただろうか。
続ける黒田くんの言葉を相槌を打って聞き流すが、内心冷や汗がだらだらと流れている。
うんとかそうとかしか言わない私にようやく疑問を感じたのか、黒田くんは顔を覗き込むように体をかがめ、言葉を止めた。
目を細めた黒田くんにかけられる言葉など一つも持ち合わせていない私は、ただ役目のない唇を噛んでいる。

「やっぱり、やめときます」

さみしげという言葉の似合う背中を、私は見送ることしかできなかった。
誘ってくれたのは、インターハイメンバーを決める大事なレースだった。
泉田くんは早々に決定し、それに並ぶように黒田くんもメンバー入りするのだという話はすでに聞いて知っていた。
レースに行くのを渋る私を黒田くんは責めなかった。
理由は話していないし、向こうも知ったこっちゃないと思っているかもしれない。
本当は一番前で応援して、彼のメンバー入りを喜んでやりたいところだが、それができないのは私の心の弱さと女々しさと諦めの悪さにある。
山のてっぺんにあるゴールで待つのは、ずっと彼のためにしてきたことだ。
今の私には、それを黒田くんのためにしてあげることはできそうになかった。
黒田くんと出会う前なら、都合良く行っていたかもしれない。
未練があるかといえばないが、再び普通にあの姿を見られるかといえば見ることはできない。
忘れるには時間をかけすぎた。写真だって、まだケータイの中にたくさん入っている。削除できないのだ。
せっかく誘ってくれたのに、申し訳ないことをしてしまったと後あとになって後悔し、罪悪感に悩まされている。
黒田くんはいい後輩だった。
私は、いい先輩でいられるだろうか。


140215






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