[Dolls] -rose- | ナノ

【Dolls】-rose-

07. 追憶 (1/4)

煩わしい過去

時の流れはこんなにも速いのに、何故忌まわしい記憶は昨日のことのように鮮明に覚えているのだろう


偶然を装って、出会った夜
重なり合う唇
数え切れないほど抱いた毎夜
共に言い合った、最期の夜

最期の……言葉


追憶を消すように、人形を遣い弄ぶ日々









第7話【追憶】
〜discomfort〜







一台の車が、静かな墓地に止まった。

早朝の、誰も居ない庭園。
エンジンをかけたまま、セフィロスは茫然とした瞳でハンドルを握っていた。



今日はクリスマスイヴ。
ロゼの誕生日でもあり、そして"アレ"の……


クリスマスイヴは、どんなに忙しくとも必ず休暇を取る。

それは、例え大きな任務が入ったとしても。
それぐらい、彼にとって今日と言う日は多大なる日でもあった。

毎年、その日は朝から必ずこの場所を訪れる。



――――時は早いもので、もう七年も経つ……


記憶は、昨日あったかのように鮮明に思い出される。
はっきりと、この瞳に焼き付いている……

痛む胸の思いを振り解くかのように、セフィロスは大きく息を吐き出し車のドアを開けた。
深紅の薔薇の花束を担ぎ、黒ネクタイに黒いスーツを纏ったセフィロス。

真っ直ぐと、その目的地へと向かう。





一つの、小さな墓石。

迷わずセフィロスはその前へ立ち止まると、切なさの残る瞳で墓石を見下ろしていた。
やがて片膝を地に付け、手に持つ花束をそっと墓石の上にそえる。



「……ローサ」


墓石には、"Rosa"という名が刻まれていた。
その上から、セフィロスはそっと指でなぞる。


死んで七年も経つのに、笑顔も声も、何もかもはっきりと覚えている。

弾むような声で、俺を呼ぶ。
同じ色の瞳に、優しく俺を映す。

しなやかな銀色の髪。
重なり合う同じ色を持った躰同志、混ざり合っても単色にしかならない。

それが、尚心地良かった。


嘗て、愛した女。
今までも、そして、これからも……



「……まだ、俺を恨んでいるのか?」


セフィロスは、悲しく微笑しながら墓石の前に跪く。
何かをする訳でもなく、ただその場所でひたすら祈るように……


"思い出"とは、残酷だ。

思い出があるからこそ、永遠に亡き者の幻想に囚われる。
過去を悔やんでも、どんなに許しを願っても、犯した罪は報われない。
失った者は、決して戻ることはないのだ。

無力な自分。
"英雄"と世間からもてはやそうとも、たった一人の女を守れず、挙句死に追い詰めた。

神に背き、罪を犯した。
人間として、許さざるべき行為。
その代償が、こんなにも大きなものとは……



「一体、俺はどれだけ苦しめばいいのか?」


返答のない墓石に向かい、柔らかく問う。

愛する者を失う悲しみ。
残された自分への苦しみ。

それを与えたのは、他でもないローサ本人だった。


"裏切り者"

何度心の中で唱えたことだろう。

悲しみ。
苦しみ。
憎しみ。
憤り……

身体中が熱く、血液が全身を駆け巡る。
生きているという"証"。


何度願っても、ローサは甦らない。
所詮、生物など虚しい定め。

もともと口数の少ないセフィロスが、一人で何かを喋るわけもなく、漠然と時が過ぎる。
真冬の寒い気温をものともせず、いつ間も同じ体勢のまま"彼女"を見つめていた。








夕暮れが、艶やかにセフィロスを染める。
それを目にすると、ゆっくりと立ち上がった。


「今年も……"約束"、果たしたぞ」


顔を俯け、苦しい笑いと共に漏らす。
悲痛の瞳を墓石に向けると、石を片手で掴み顔を近づける。

そっと、"Rosa"の刻銘に口付けた。


「……愛してる」


瞳にその名をはっきりと映し、明白に言葉を打った。
瞬間、脳裏に流れる忌まわしい映像。

愛しているが故に、死に至った。



「"魔法の言葉"、か……」


喉で笑いながら、セフィロスは呟く。
そういえば、以前ロゼが駄弁っていた。

好意の相手に"愛している"と告げると、より自分が相手を愛おしく思えると言う。
馬鹿馬鹿しい呪いの一環としか思えない。

だが愛を与えた"ローサ"と言う名の"呪縛"に、今も尚縛られている酷似に皮肉さを感じる。


寒風が、素早く通り過ぎた。
薔薇の花弁が、ふわりと波に乗るように舞っていく。
銀色の長い髪も、しなやかに流れていく。

セフィロスは、供えた薔薇の花束から四本の薔薇を抜き取ると胸ポケットに差し込んだ。



「悪いな。それとも、怒っているのか?」


口元を緩ませ、セフィロスは呟いた。

恐らくローサは、解っているのだろう。
意味もなく少女を囲い、あまつ剰え己の慰めの道具と遣う。
何の汚れも知らぬ彼女を甚振り、全てに置いて服従の調教を与える。

愛してもやれないのに、"高い塔"に閉じ込める"人形"。
彼女の、未来も希望も夢も……全部奪うように。

それでも、素直に自分を欲しがる。
"愛"を与えて欲しいと願う。


その彼女に、毎年捧げる彼女の"名前"……



薔薇の花。


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