残されたカラダ
優しさに飢えていた感情
螺旋を画く強い想いが、今も惑わしている
括った心を、残酷にも解放した
最後の"復讐"……
人形に孤独を授ける
第12話【孤独】
〜merciless〜
――――12月24日、早朝
「ただいまー!」
アオイと共に、ロゼは家の玄関を開けた。
今年は例年より寒く、朝から雪が積もっていた。
だがそんな寒さすら気にもならず、ロゼは楽しそうに笑っている。
「ロゼ、ほら早く着替えなさい。風邪でも引いたら一大事なんだから……」
久しぶりに帰宅したロゼは、嬉しさのあまり部屋中を走り回り、落ち着きの無いようにそわそわしている。
そんな彼女を、アオイは眉を顰め注意を促した。
肩を竦め返事をするロゼは、自分の荷物が置いてある部屋へと向かった。
クローゼットを開け、今日は何の服を着ようかと迷う。
折角の誕生日に加え、セフィロスが来てくれる可能性を察し、目一杯お洒落をしたい。
少し気が進まないが、彼が喜ぶのならと、昨年と同じく白いファードレスを着ることに決めた。
ドレスを纏い、全身鏡の前でくるりと回る。
去年と異なり、少し緩んだような気もした。
だが、この姿を見たセフィロスが"美しい"と愛でることを思うだけで、期待に胸が疼く。
そっと鏡に右手を当てる。
同じく、鏡の中の自分も左手を当てて……
初めてセフィロスと出会った、五年前の今日。
それまで寂寥と憂慮に、精神が押し潰されそうになっていた。
しかしセフィロスが自分に触れた瞬間、生まれてから味わったことの無い暖かさと、微熱から伝わる優しさに心惹かれた。
名も知らぬ、また知らぬ言葉を話す彼に、怖れなど何一つなかった。
ただ彼の下に行きたい、彼に愛されたいと、芯から願った。
頬に触れられた彼の手が放されてしまえば、それは夢に終わると感じた。
そっと手を離すセフィロスに、願うように両手で掴み、伝わらない言葉を瞳で示した。
鋭く冷たい碧緑の瞳の中に映る、侘しい闇。
自分と同じ、悲しき過去を持つ……
苦笑を鏡の中の自分に向け、静かに部屋を後にした。
キッチンでは、アオイがパーティーの準備をしていた。
料理上手なアオイであるからこそ、腹を空かせるような良い香りが漂っている。
手伝おうとロゼはアオイの横に並ぶが、今日は主役であるが上、身体のことも気遣われ、やんわりと断られた。
仕方なくリビングの床にペッタリと座り、テレビを付ける。
幾つかのチャンネルを回すが、どれもクリスマスの番組だらけ。
サンタの格好をしたアナウンサーが、道を歩くカップルにインタビューをしていた。
「……ねえ、アオイちゃん?」
「なあに?」
アオイに背を向け、彼女の名を呼ぶ。
聞くのは止そうと思っていたが、思わず口を開いてしまった。
対面キッチンから、アオイの活気ある返事が返ってくる。
トントン、とリズム良い包丁の切れる音も含めて。
「……セフィ、今日来るよね?」
小さく震えるロゼの声。
その瞬間、包丁の音が止まった。
直ぐに言葉が返ってこない。
「あ、あのね、ロゼ……
セフィロスは、今日仕事があるから……来れないんだって」
小さな沈黙の後、アオイが細々と喋る。
振り返らず、静かにロゼは耳にした。
それは、彼が言ったことか。
それとも、アオイの精一杯の嘘か……
彼は、どんなに忙しくても今日だけは仕事を休む。
セフィロスが愛する、"彼女"の許へ行く日だと。
解り切っていた筈。
なのに何故こんなにも期待をし、彼を信じ彼を待つのだろう。
「……ロゼ?」
返答もなく、びくりとも動かないロゼに不安が生じ、アオイは限界の声を絞り名を呼ぶ。
やがて小さな声を出すロゼに、アオイは言葉を続けた。
「また……日を改めてお祝いに来てくれるわよ。
だから、今日はザックスと三人で盛大にお祝いしましょ!」
アオイは嘘が下手だ。
振り返られずとも、彼女の浮かべる笑みが想像できる。
それが、アオイの優しさ。
知っているからこそ、尚辛い。
声を出さず、アオイに見えるようにロゼは大きく一回頷いた。
それに安心したのか、再び聞こえてくる壮快な包丁の音。
床に落とした視線を、ふと上げる。
ブラウン管に映る、大きなクリスマスツリーの映像。
ロゼは、我に返るように思い出した。
「あら……ロゼ、どこ?」
暫くしてアオイがリビングへ視線を向けると、テレビの音だけを残しロゼの姿が見当たらない。
トイレにでも行っているのか?
その割には、時間が経ちすぎている。
幼心の残るロゼだからこそ、脅かす為にどこかの部屋に隠れているのか。
それとも、セフィロスが来ない寂しさにベッドの中に潜り込んでいるのか……
だが、全ての部屋を探してもロゼはいない。
少しだけ昂る心臓。
ふと、玄関を覗いた。
「……まさか?!」
ある筈の、ロゼの靴。
それが無いとなると、恐らく外に出たのか。
アオイは、慌てて玄関から飛び出した。