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暫く夜道を歩くセフィロス。
やがて着いたのが、見渡す限り何もない広さを感じさせる荒地。
誰ひとり居ない静けさ。
不思議と気持ちが落ち着く……
「……何故、俺はこんなところに来たのか?」
不意に思いついたこととは言え、突拍子な自分の行動に自身で哀れむように鼻で笑う。
取り出した煙草を銜え火を点けると、口内で溜めた煙を月に向かって一気に吐き出した。
変わりなく夜空に浮かぶ、真赤な月。
今にも片手で掴めそうな月を握り潰すかのように、セフィロスは左手を翳す。
そんな自分に可笑しさを覚え、口元を緩ませながら視線を下ろし再び煙草を銜えようとした、その時だった。
いつの間に現れたのか、ほんの数メートル先に立つ女。
長い金色の髪に、この月と同じ色の瞳。
月の光に映し出された彼女の身体は、何ひとつ纏わず肌の白さを誇っていた。
女は身体を隠す事も無く、黙ってこちらを見つめている。
――――幻覚……?
いや、確かに……
忘れる筈がない顔。
忘れられない……
ずっと……ずっと求めていた。
二度とこの腕に抱けない、愛しい女……
瞳を細め口元を緩ませる女の突然の出現に、セフィロスは言葉を失ったまま動くことすら出来ない。
見間違えではないが、"思い出"の中の彼女よりは幾分成長していないだろうか……
瞳を軽く閉じ、消せることのない記憶を辿っていく。
「……ロゼ?」
セフィロスの唇が小さく名を刻む。
その声に、驚くような表情を浮かべる女。
だが次第にそれが自分の名だと理解すると、瞳に涙を浮かべながら嬉しそうに笑い、彼の胸の中へと飛び込んでいった。
未だに信じることが出来なかったが、飛び込んできた"彼女"を強く抱き締める。
自分の幻覚とも思ったが、伝わる"彼女"の体温と鼓動。
"ロゼ"という名を与えた"人形"
そして、この手で愛せず守りきれなかった……
セフィロスは羽織っていたコートを"彼女"の身体に掛けると、膝を屈め視線を合わせる。
「何故っ……本当に……本当にロゼなのか?」
最期に見た時よりも、幾分大人びた表情だったが、頬を赤らめ大きく頷く"彼女"。
そっと右手をセフィロスの頬に当てると、自ら彼の唇にキスをする。
「……ずっと、ずっと会いたかった……セフィ!」
変わらない"彼女"の声に、胸の奥がギシギシと痛み出す。
幻にしては、リアルに感じ過ぎる。
だが、これもまた"運命の悪戯"だと言うのだろうか……
「ロゼが、還ってきた……?」
ふわっとロゼを抱き上げるセフィロスの耳に、擽ったい彼女の笑い声が聞こえる。
何も、全て変わらない過去。
それがまた戻ってくるとは……
紅い月だけが、彼らを見ていた。
*****
人目に付かぬよう、ロゼを隠しながら抱え、基地の部屋に戻ったセフィロス。
自身のコートで包んだ彼女を、ベッドの上へ静かに下ろす。
コートを剥いだロゼは、シーツで自らの身体を隠した。
くすくすと笑いながら、セフィロスを見上げる。
「ロゼ、おまえ……」
死んだ筈では?と問うつもりだったが、言い掛けながらもセフィロスは口を止めた。
それ以上の領域を超えてはいけない気がしたからだ。
それに察知したのか、ロゼの笑みが小さくなった。
「……あの場所で、何をしていたんだ?」
「セフィを……待ってたの」
嘘をついている瞳ではなかった。
真っ直ぐで、時折それが怖くなるような彼女の瞳。
無垢なまま、消えていってしまった……
背を向けながらセフィロスは温まったミルクをカップに移し、それをロゼに差し出す。
目をくりくりと輝かせながら嬉しそうに受け取ったロゼは、喉を鳴らしてそれを美味しそうに飲む。
「ふふっ……初めてセフィの家に連れてってもらった時と同じだね」
――――記憶の螺旋が、侵されていく……
「……ロゼ、なんだな……?」
ベッドの縁に片膝を乗せ、セフィロスはロゼを優しく包み込んだ。
カップを横に置き、ロゼも応えるように彼の背中に手を回す。
「セフィ……お願い、傍に……」
潤うロゼの唇が懇願する。
するりと落ちるシーツ。
ロゼの裸体が露になった。
「ロゼ……」
ゆっくりと彼女を押し倒す。
そのままロゼの首筋に唇を押し付けた。
感情もプライドも何もかも捨て、満たされない欲情を露にする。
「ん、ふぅ……あ、セフィ……」
「フ……相変わらず感度は良いな」
舌で身体のラインをなぞるセフィロス。
目の当たりにする彼女の身体は、すっかりと完全な"女"になっていた。
"大人の女"にさせることが許せなかった過去。
それすら忘れるほど、目の前のロゼが酷く愛しい……
「もっと……もっとセフィが欲しい……」
「欲深い女だ」
胸元でセフィロスが苦笑を浮かべる。
顔を、豊かになった彼女の谷間に埋めた。
どく、どく……と一定に刻むロゼの鼓動。
途端に安心感を覚える。
「……生きて……いるんだな」
途切れ途切れのセフィロスの言葉。
最後に抱いたロゼは、冷たいただの"人形"だった。
幾度この手で温めても、決して元には戻らない。
"ロゼ"の抜け殻だった……
「……寒かったの」
突然、ロゼが天井の一点を見つめながら零す。
悲しくも、響くような声……
「寒かった……?」
「ずっと、あの海で……セフィが来るのを待っていた」
恐らく、最期を迎えたであろう場所を言っていると思われる。
セフィロスは素早く察知したが、言葉を返せなかった。
「寒くて……独りぼっちで……それでも……」
「もういい。もう……何も言うな」
今にも泣き出しそうなロゼの身体を覆い、彼女の唇を閉ざすようにセフィロスは自らの唇で塞いだ。
互いの悲しい過去を忘れるように、ふたりは再び抱き合い始める。
そして、離れていた時間を埋めるように……