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振り下ろした刀の先にこびり付く、生臭さを放つ血液。
滴り落ちるそれは、未だ渇ききらずに地面へと赤い池を作る。
通常の人間であれば、それだけでも吐気を覚える。
いや、この全景を目に入れるだけで生涯心の中に響くほどに艱苦であろう。
"慣れ"と言うのは恐ろしい……
そんな純粋な感情、懐かしさに浸ることも思い出せぬぐらいに我が心は消えた。
「……人間など、酷く脆いものだ」
見るも無残に切り刻まれた遺体を煩わしそうに足で軽く蹴飛ばす。
反応すら示さぬそれらは、正にガラクタそのもの。
振り返れば、数え切れぬほどの遺体が転がっていた。
自分の……痕跡。
無言のまま辺り一面を見渡すと、鞘に刀を終い、基地へと歩き始めた。
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「サー・セフィロス!
あなた様のお蔭で、この村の反乱も全て治まりそうです」
基地へ戻ると、一列に並んだ多数の神羅兵たちが挙手を額に示し敬礼を施した。
軍服の左腕に赤い腕章のある男が、セフィロスの前へ出向き一礼する。
何とも在り来りな光景に、セフィロスは無表情のまま先へ急ぐ。
軍のリーダーであろう男が、彼の後を続き部屋まで案内する。
あまり一般兵の前には姿を見せないセフィロス。
だからこそ、多数の兵たちから熱い眼差しが彼に集中した。
憧れ。
夢。
景仰。
理想……
それが正直鬱陶しかった。
「皆も、サーが援助に来て下さった事を大いに喜んでおります!
何せ殆どの兵たちがあなたに憧れて入隊してますので」
「所詮はそんな詰まらぬ軍隊か」
蔑むように鼻で笑いながらセフィロスは呟いた。
それを聞き逃さなかった男が、表情から慌てふためく。
「いや、確かにサーは強すぎる……我々の誇りです!この戦争だって"英雄様"あってこその」
「諄いな。無駄口はあまり多くない方が良いぞ」
ぴたりと足を止め、ゆっくりと振り返ったセフィロスの冷たい表情は、まるで凶器そのものだった。
"恐ろしい"と言う感情すらも持てないほど、男は氷のように全身が固まった。
「……あ、その……長い任務でお疲れでしょう……ど、どうぞごゆっくりとお休みくださいませ!」
がくがくと足を震わせながら、男は元来た道を素早い速さで戻っていった。
その後ろ姿だけを見ていたセフィロスは、瞳を閉じ軽い溜息をひとつ零すと、自身の部屋へと歩いていく。
――――長い年月が経てども、決して薄れず消えぬ儚き過去。
背負う自ら犯した、哀れな"罪"。
珍しく、重く感じる身体。
部屋に入ると真っ直ぐにベッドに向かい、倒れこむように飛び込む。
ギシギシと鈍い音を挙げる脚。
ふいに勘に触れる気がしたセフィロスは軽く顔を顰めた。
瞳を閉じ、静かな時間を迎える。
――――我が名を知らぬ者など居ない、この世界……
向けられる視線。
無責任な期待。
汚い欲望の表れ……
詰まらぬこの世界の中、突然舞い込んで来た一体の"人形"。
結局は自分も汚い世界と同様、腐った人間であった。
そして、"彼女"を救えなかった。
今も存在すれば、どんなに美しくなって居ただろう。
この手で愛していれば……
もう、還らぬ者を願っても何も起こらないと教えてくれたのも"彼女"。
だからこそ、この唇で名を刻むのを止めた。
心底深く、留めて置くだけに。
――――おまえの居ない世界は、やはり醜悪……
やがて瞼を開くと、窓の先の見慣れぬ景色を目に入れた。
燃えるような紅い夕陽が静かに沈んでゆく。
一日の終わりを告げるように……
その先には、限りなく闇に染まった空。
自らの未来を差すように……
忙しなく過ぎる日常も、夜になれば全身に纏うように思い出される。
寝転んだまま天井を見上げ、再び瞳を閉じながら柔らかく口唇を開いた。
「"深淵の謎、それは女神の贈り物。我らは求め、飛び立った……
彷徨い続ける心の水面に微かなさざ波を立てて……"」
「"LOVELESS・第一章"、ってか?」
素早く振り返るセフィロス。
瞳に映る影は、間違いなくザックスだった。
壁に寄りかかりながら、ニヤリと口笑っている。
「珍しいな、セフィロスが叙事詩を口にするなんて」
「……うるさい」
大きな溜息を零しながら眉間に皺を寄せる。
ふいに口にした事とはいえ、見られたくない者に聞かれてしまった。
大袈裟に肩を竦めながら、ザックスはセフィロスの傍に歩み寄る。
「月が……綺麗だな」
僅かな欠片もない大きな月を見上げ、ザックスが微笑んだ。
彼に続き、視線を上げる。
「……ああ。田舎町であってこそ、綺麗に見える」
「あ!おいっ、田舎育ちを馬鹿にしてるだろ?」
意味深に答えるセフィロスへ、怒りを露にするザックス。
わざとらしく突っかかる彼を、セフィロスは片手で交わした。
世界で名の知らぬ者は居ない、"英雄"。
彼を尊敬し、憧れる者の数々。
だが"戦場の悪魔"、"冷酷卑劣"となどと囁かれ、彼を否定する者も数知れない。
どちらにしても、圧し掛かる重いプレッシャー。
遥かに強い精神の持ち主でもある彼が、全く気にしていないと言えばそうかもしれないが、絶え間ない苦もあっただろう。
それを、ザックスはよく知っていた。
「"LOVELESS"……最後に、あいつが読んでいた本だ」
「セフィロス……」
視線を落としたセフィロスが、突然呟いた。
心底の声を、そのまま唇に出してしまったかのように。
"あいつ"の意味が深いほど解るザックスは、言葉を失い掛けた。
空気が一瞬で止まる。
「そういう年頃だっただろう?……"アイツ"も」
苦笑を交えながら、ザックスは立ち上がり扉へと向かった。
彼の言葉にセフィロスも、俄かに静かな笑みを浮かべる。
「ちゃんと休めよ、セフィロス」
気遣うザックスの声と共に、扉の閉まる音がした。