[Dolls] -rose- | ナノ

【Dolls】-rose-

13. 鼓動 (4/5)

*****



ロゼの遺体は、荼毘に付されることになった。
たった三人の、小さな葬儀……



火葬炉の前。


木製の棺の中には、深紅の薔薇の花で埋め尽くされている。
その中で、ロゼは純白のワンピースを纏って手を組み、静かに眠っていた。

嘗て、セフィロスに欲しいと強請っていた衣服。
重なる手には、一輪の薔薇の花。

アオイにして貰ったのか、死に化粧のおかげで仄かに微笑んで見える。


「ロゼ……お人形さんみたいだなぁ……」


見下ろしたザックスが、今にも零れそうな涙を必死で堪え、極めて明るく告げた。
隣に寄り添うアオイは、度々目頭を押さえながらも、口元には笑みを忘れずに居た。



哀しみに浸ったまま、ロゼを送りたくはない。
それは、いつも笑顔を絶やさなかった彼女の為。
自分たちが泣いてしまうと、きっとロゼは悲しむ。

そう思い、明るく送ってやろうとザックスが言ったのだ。

セフィロスは、少し離れた壁に凭れながら、腕を組み顔を背けたまま……



木箱の中で、深紅の薔薇に包まれる純白のロゼ。
その美しさ故、まるで箱詰めにされた"人形"そのものだ。

何も語らず、表情すらひとつ変えない、完全な"人形"。
美しさと儚さを、閉じ込めながら……


アオイは、取り出した白いウェディングベールをロゼの顔へ静かに被せた。


「ロゼが大きくなったら渡そうと、作っておいたの。
あの子、セフィロスのおよめさんになることを……ずっと……ずっと、夢見てたのよ……」


次第に涙声に変わるアオイ。
そっとセフィロスに視線を送り、柔らかく告げた。


"オトナにはなれない"。
それを痛く存知ながら、強い願いを持ち、生き続けてきた。

"夢"を叶えたいと……


確かに覚えのあるロゼの願い。
セフィロスはアオイと視線が合うが、直ぐに顔を背けた。



「ああ、本当に美しい花嫁だ……ロゼ、夢が叶ってよかったな……」


ザックスが、ロゼに語り掛けながら喜んだ。

ウェディングベールと純白のワンピース。
そして、手にはブーケの代わりとなる薔薇。

まるで、本物の花嫁のよう。


ロゼの願いを知る彼らだからこそ、最後に叶えてやりたいと思ったのだろう。

少しだけ、ロゼが微笑んだ気がした。
だが、それも幻覚にすらならない。


「ほら、セフィロスも……綺麗なロゼ、見てあげて?」


アオイは耐え切れなくなったのか、幾つか涙を零しセフィロスに乞う。
ゆっくりと顔を上げると、セフィロスは静かに木棺に近付いた。

それと同時に気を遣ってか、ザックスはアオイの背に手を沿えて木棺から離れる。

黙ってセフィロスを見守るふたり……





閑寂な時。

静かに眠るロゼは、いつも以上に美しい。
本当に死んでいるのか、疑ってしまうほど。

ベールを、そっとたくし上げる。
ひたすら、ロゼの顔を見つめて……



「ああ……綺麗だ。ロゼ……」


セフィロスの表情が、次第に軽く歪む。


今更、何を言えばいいのか?
この胸の内を、言葉にすら出来ない。

それだけ、簡単な間柄ではなかった……



セフィロスは、胸ポケットから何か一つの小さな"物"を取り出す。
ロゼの組んでいる左手を取り、薬指にそれをはめた。

それは、間違いなく銀色の"マリッジリング"。
同じく、セフィロスも左の薬指にそれをはめて……


手遅れだと解っている。
だが、ロゼの願い……最後に叶えたく。


やがてロゼの頬に手を沿え、顔を近付ける。
"誓いのキス"と言うように、真赤なルージュを纏う艶やかなロゼの唇へ、最後の口付けを贈った。


最初で最後の……優しく、そして長いキス。



ゆっくりと唇を離す。
微笑むことも、そして艶やかな唇で自分の名を呼ぶこともない。

安らかに、眠る姫……


嘗て、ロゼの好んでいた本。
口付けを交わし、死から舞い戻った姫の物語。

多寡が童話に過ぎないが、今となってはそれすら僅かな期待を寄せる、自らの愚かさ……


目醒めぬ姫を瞳に焼き付け、言葉にすら出来ぬ想いを胸に刻み付ける。
終生"ロゼ"と言う、愛しい女を一瞬足りとも忘れぬよう……



ロゼの頬に、ぽた、ぽた……と二粒の水滴が落ちる。

セフィロスは、ベールを素早く下ろした。



「……行ってくれ」


近くに待機していた、係員に告げる。


「ロゼっ!!」


係員が木棺に手を触れたと同時に、ザックスとアオイはロゼの名を叫びながら棺に駆け寄る。
だが、セフィロスは棺に背を向け歩き始めた。


「おい!……セフィロス?!」


去る彼の後ろ姿を、ザックスは追い掛けた。
大きな柱の前で立ち止まる。


「ロゼの最後ぐらい……」


言い掛けた瞬間、ザックスは愕然とした。

柱が割れそうなほど、セフィロスは強く右拳を叩きつける。
俯く表情が暗くてよく見えない。

だが、強く自身の下唇を噛んでいるのだろう。
小刻みに震わせる身体と共に、滴り落ちる彼の血液。
同時に混ざり合って流れる透明の粒。


ローサの葬儀の時には、表情一つすら変えなかったセフィロス。
そんな彼が、ロゼの死に涙を零した。

無念で、遣り切れない想い……


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