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玄関の扉が静かに開く。
片手にロゼを抱いて。
初めてここへ連れて来た時も、片手にロゼを抱いていた。
あの時は言葉も何も解らず、ただ自分の顔を黙って見つめていた。
汚れも、何も知らぬ、あの薔薇色の瞳で……
「ロゼ……おまえの、家に着いた」
ロゼを見つめ、静かに話し掛けた。
本来であれば喜び、そして嬉しさのあまり自分に抱きつくのであろう。
だがロゼの瞳は閉じたまま、口元さえ緩まない。
海水に浸かっていたせいか、身体が益々冷たくなっていく。
ロゼを抱き上げたまま、セフィロスはバスルームへと向かった。
ノブを捻ると、湯が降り注ぐ。
セフィロスはロゼの濡れた衣服を剥がすと、自分は服を纏ったまま熱い雨の洗礼を受ける。
床に両膝を付け、冷たいロゼの身体をきつく抱きしめながら。
「ロゼ……っ、寒かっただろう?」
一晩彼女がどうしていたのか、今となってはわからない。
当てもないこの街で、恐らく彼女はずっと徘徊していたのだろう。
凍えそうな寒い夜。
自分ですら身震いするこの季節に、たったワンピース一枚で彷徨っていたのかと思うと胸が痛む。
彼女の透明な白い肌と、桃色の潤んだ唇が青く変色しているのを見ると、余程寒い思いをしたのだろう。
ロゼをひたすら温めるように、セフィロスは強く彼女を抱きしめていた。
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冷めたベッドの上で、ロゼは何も纏わずに寝かされていた。
彼女の衣服は、全て処分してしまった。
床に腰下ろし、ロゼの左手を握る。
先程シャワーで温めた為か、少し体温が上がった気がした。
暫くロゼを眺めていたセフィロスだったが、彼女の手の甲を自分の口元へ寄せると、瞳を閉じ軽く口付けをする。
長い時間が、刻々と過ぎていった……
「……寒いのか?」
やがて、ロゼの体温は少しずつ低下していく。
セフィロスは自分のバスローブをその場に脱ぎ捨てると、毛布を剥がしベッドの中へ入った。
ロゼの身体を覆うように、セフィロスは彼女を見つめる。
相変わらず変わりのない表情に、一瞬顔を歪めた。
動かなくなった身体を温めるように、彼女の額から舐めるように口付けを落とす。
額、頬、首筋、胸……
いつもだったら、擽ったいと笑いながら喜ぶロゼ。
だが、何も言わず微々たるも動かない。
「っ、ロゼ……頼む、答えてくれ……」
声を詰まらせて懇願するセフィロス。
ロゼの胸に顔を埋める。
呼吸も鼓動すら聞こえない……
ロゼは、本当に口利かぬ"人形"となった。
これが、求めていたロゼの姿なのか……
病気か?
若しくは、事故にあったのか?
それとも、誰かの手によって殺められたのだろうか……
どうしようもない哀しみと、悔しさに胸が苦しい。
ただ言えることは、もうロゼは居ない。
今、ここに居るのは"ロゼ"という名の"抜け殻"……
ロゼが感じる場所を執念に唇でなぞる。
顔を紅潮させながら、微笑する声。
潤んだ唇から漏れる甘い声。
そして、両手を広げ自分を求める……
ロゼを最後に抱いたのはいつだっただろう。
求める彼女が鬱陶しく、まるで強姦のように扱った夜。
瞳を潤ませ、脅えていた。
それでも、朝になれば変わらぬ笑顔で名を呼ぶ。
――――おまえなんか、買わなければよかった
思い出した瞬間、身体が震える。
最後に、ロゼへ言い放った言葉……
軽々しく口走ってしまった。
だが、ロゼにとって最大の痛み。
愛する者からの、痛罵のような一言。
ロゼの心の中には、たくさんの傷があったのだろう。
「っ、ロゼ……すまなかった……」
何を想いながら、ロゼは最期を送ったのだろう。
自分を恨んでくれるなら、それでいい。
だが、ロゼはヒトの憎しみを持たぬ美しい心の持ち主。
何故……何故、ロゼが死ななくてはならなかったのか?
何故、自分ではないのかと……
死ぬべき存在は、自分ではないのか……?
きつくロゼを抱き締めるセフィロス。
力が、次第に増していく。
破壊してしまう程、強く、強くこの腕に……
ローサの代わりとして、購入した"人形"。
代わりとして、抱いていた……
それでも今となっては"ロゼ"は、たったひとりの"ロゼ"としか見えない。
気付くのが遅すぎた……
ロゼがずっと欲しがっていた"言葉"。
"魔法の言葉"……
もう、届かないと解っていても……
「……ロゼ、愛してる」
瞳を閉じたロゼの表情をこの瞳に映し、明白に言葉を伝える。
ロゼの望みを、何一つ叶えてあげることが出来なかった。
せめてもの言葉。
それすら、与えてやれなかった……