「居たか?!」
「ううん。こっちには居ない……」
もう、どれだけロゼを捜したのだろう。
夜も随分と更け、賑わっていた街のざわめきやネオンも静かに消えていく。
時間が経つに連れ、気温も低下する。
況してや、雪が降る真冬の夜。
アオイの話によると、コートも身に着けず家を飛び出したらしい。
「っ、どうしよう……私がちゃんとロゼの話、聞いてあげてたら……」
見つからない不安に駆られ、アオイが両手で口元を押さえながら涙を零す。
それを、ザックスが背中を撫でながら慰めていた。
「とにかく、アオイはロゼが帰ってくるかもしれないから、家で待ってろ」
セフィロスが告げると、アオイは大きく頷く。
ザックスが後押しするように彼女の背中を押すと、思いついたかのように振り返る。
「セフィロス、お願い。あの子、きっとひとりで泣いていると思うの。
折角の誕生日、ロゼにそんな思いさせないで」
瞳を潤ませ願うアオイに、セフィロスは酷く胸が痛んだ。
彼女から視線を逸らし、わかったと言うように小さく頷く。
それを託しながら、アオイは去っていった。
*****
ザックスと別れ、ロゼを捜すセフィロス。
この感覚、どこか覚えがある。
そう。
ローサが居なくなった時と同じ……
「くっ……」
雪が徐々に吹雪き始めた。
向かい風に当たりながらも、セフィロスは前へと進む。
ふと、見覚えのある小さな路地が目に入る。
それは五年前、ロゼを購入した店がある路地。
「まさか、な」
呟きながらも、セフィロスはその道へと向かった。
覚えのある店先のショーウィンドウの前へ立つ。
嘗てロゼが飾られてあったそこには何もなく、店自体も経営しているか微妙なところであった。
――――やはり、手掛かりはなしか……
そう思った矢先だった。
店の扉が開き、中から店主が酔っ払いながら飛び出てきた。
その姿を、視界に捉える。
やがてセフィロスの視線に気がついたのか、店主はふらつく足元で彼の傍へ近付く。
「おい、兄ちゃん……どこかで見た顔だな?」
酒臭さを全身から放ち、思わず顔を顰めるセフィロス。
まじまじと顔を見られる不快感。
「あ……昔"人形"を買った奴か?!」
突然、店主が叫び出す。
どうやら、五年前にロゼを買ったことを思い出したようだ。
それを認識すると、何故か慌てる店主。
「あっ、あれはオレのせいじゃないぞ。今更イチャモンつけようが、金は返さないからな!」
酔っている幻覚か?
そう思ったが、"何か"気に掛かる。
「……何の話だ?」
見下ろすように睨み付けると、その勢いに怖気づいたのか、店主は少し後退する。
「しょ、しょうがなかったんだ……
あの"人形"は、物としては絶品だったが、"使用期限"の短さで売れ残ってしまったんだよ」
「"使用期限"……どういう意味だ?」
店主の胸倉を掴み、自白させようとするセフィロス。
苦しさと焦りに、店主は声をどもらせて答える。
「だから、あの"人形"はあの時点であと一年しか生きられないって言われてたんだ。
……そんな"人形"、誰も欲しくないだろ?
でもな、こっちだって商売してんだ。そんなこと言っちまうと、客だってつかねぇ」
「っ、馬鹿な……一年しか生きられないだと?」
店主の言葉が信じられない。
驚きのあまり、店主をゆっくりと解放する。
「嘘じゃない。あの"人形"の祖国は、子供の半分が未知の病気にかかっているんだ。
その病気になると、大人になる前に皆死ぬんだよ」
酔っていても、嘘に聞こえない店主の言葉。
同時に思い出す。
確かに、ロゼは早く大人になることを強く望み願っていた。
それは早く大きくなりたいという子供の憧れではなく、大人に慣れないと解りながら、叶わぬ夢を願うロゼの強い気持ちなのか?
それを知りながら、ロゼはこれまで日々生きてきたのか?
死に向かう怖れを抱きながら、いつも笑みを絶やさない。
その裏側には、悲痛に秘められた真相があったとは……
「っ……冗談はよせ。あいつは……ロゼは未だ生きている」
苦笑を残しながら、セフィロスは地面に手をつける店主に告げる。
それを聞いた店主は、驚きながら顔を上げた。
「まさか?!そんなことがあるのか……?」
店主は驚愕の表情を浮かべたが、思い出したかのように顔を緩めると、壁に背を凭れ掛けた。
「いや……それはな、兄ちゃん。あんたが、それだけ"人形"を大切にしてきたんだ」
「……俺は、あいつを大事になんかしてない」
まるで自分に言い聞かせるように、セフィロスは極めて低い声で答えた。
だが、店主はただ苦笑を浮かべている。
「それじゃあ、"人形"があんたを必要としているからだ」
勘の触る言い方に、表情が険しいセフィロス。
だが言い返すことも無く、黙って聞入る。
「人は、誰かに助けられて生きている。こんなオレが言うのも何だが。
あの"人形"は"生きたい"と強く願ったから生きている。それは、あんたの存在があるからじゃないのか?
そう"人形"が思うのは、それだけ兄ちゃんが大切にしてたってことだよ」
「俺が?まさか……」
僅かに戸惑うセフィロスへ、店主は重い腰を上げ、静かに語った。
「ははっ、これまで数多くの"人形"の生き様を見てきたが……こんなに愛される"人形"を見たのは初めてだよ」
そう言うと、すれ違い様にセフィロスの肩を軽く叩く。
「……大事にしてやりな」
そして、店主は静かに店の中へと消えていった。
「はっ……ロゼは、俺が居るから生き続けているだと?」
募る想いが胸を縛り付ける。
これまで、ロゼにどんな"苦"を与えてきたか……
それでも、痛ましいほどに自分を信じ、愛されたいと願っていた"人形"。
気がつかないフリをしていた。
今では、家に帰ればいつも出迎えてくれたロゼの笑顔がないと。
ベッドの中で、いつも隣で擽ったそうに笑うロゼがいないと……
侘しいなど、そんな単純な感情は持てなかった。
ただ、空虚な感覚。
それがいつの日にか、自分自身を縛り付けていた……
店先で茫然と立ち荒んでいると、突然携帯が鳴る。
アオイからの着信だと判り、直ぐに取った。
「ロゼが……ロゼが居たの!セフィロス、早くっ……早く来て!!」
たった今見つけたのだろう、焦りに満ちながらも弾むアオイの声。
瞬間、肩の力が一気に落ちるように安心感を覚える。
場所を的確に聞くと、直ぐに向かうと告げ、電話を切った。
薄い光が射し、空を見上げる。
闇のような夜が終わり、朝陽が静かに顔を覗かせる。
目を細め、セフィロスは陽を睨むと、足早に歩き始めた。
ロゼを、この手で救う為に……
――――鎮まる月夜
破滅を意味する、深い霧
願いを込め、美しく舞い上がる蝶のように
羽を残し、消えてゆく……
To Be Continued
2006-12-17