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息を弾ませながら、ロゼはドレス一枚で街中を駆け抜けた。
直ぐに外へ飛び出した為、うっかりコートを羽織るのを忘れてしまった。
だが冬の寒さを感じないほど身体は逆上せ、目的地へ急ぐ気持ちの方に集中してしまう。
的確にその場所へと向かう。
悪い事とは解っていたが、アオイの自宅にあるセフィロス宅の合い鍵を握り締め、ここへ来た。
もしかしたら、セフィロスに会えるかもしれない。
そんな気持ちを胸に潜めて……
懐かしさの残る玄関を、慣れぬ手付きで鍵を外す。
玄関に入ると、しんと静まり返る部屋。
その状況から、セフィロスが居ないことが判る。
「……たっ、ただいま!」
嬉しさのあまり、誰もいない室内に向かって叫ぶ。
恥かしそうに笑みを浮かべると、靴を脱ぎ捨て、本来の目的場へと向かった。
ベッドルームに入り、自分の服や物が終ってあるクローゼットに手を掛ける。
ここの右奥に、初めてセフィロスから買って貰ったツリーがある。
ロゼの宝物であるが故、せめて飾り付けをしたいと願い、戻ってきた次第。
満面の笑みを浮かべ、両手で思いっきりクローゼットを開く。
だがその瞬間、ロゼの表情は一気に固まった。
「どうして……?」
その瞳に入ったのは、空っぽのクローゼット。
残っていた服すら無くなっている。
驚愕しながら、力の抜けた腕を下ろした。
――――存在が消えていく……
彼の中から、あたしが……
首を大きく横に振りながら後退するロゼの背に、何かが当たった。
ふと、後ろを振り返る。
そこには怒りを示したセフィロスが、自分を見下ろしていた。
「セフィ……」
「何故、勝手に家を出た?」
冷たい視線。
棘のある声。
ただ、存在だけで震えを感じる。
小さく俯き、ロゼは何も答えられない。
長らく会えなかったセフィロスに会えた喜びは、微塵もなくなっていた。
ロゼが見つかったことに安心したのか、セフィロスはベッドの上へ重く腰を下ろした。
その姿を目で追うロゼ。
やがて、小さな唇が開いた。
「セフィ……あたしの、お洋服は?……あたしの、ツリーは?」
聞かなくても、答えは解っていた。
でもそれが嘘であって欲しいと、訊ねてしまう。
「……もう、この家には要らないだろう?」
重い沈黙の後、セフィロスは立ち上がりながら言い放った。
煩わしさに耐えられなくなったのか、部屋から出ようとするセフィロス。
零れそうな涙を抑えながら、ロゼは直ぐ彼の後を追う。
「っ……待って!」
リビングから玄関へ向かおうとした彼の腕を、両手で掴んだ。
面倒と言うように振り返るセフィロスに一瞬怯んだが、唾を一飲みすると、ずっと心中で感じていた疑問を口にする。
「……あたしを、捨てたの?」
今にも、壊れそうに表情を浮かべるロゼ。
痩せたと見られる細い身体は、立っているだけで精一杯のようにも見える。
ローサと同じく、まるで苦しみの頂点でもがいているように感じる。
それを与えたのは、正に自分だと言うことを……
セフィロスは衝撃に駆られ、思わずロゼを抱き締めようとした。
だが理性を必死で抑え、勝手に動きそうな両手に強く拳を握ると、極めて冷酷な視線を送る。
「ああ」
心にも無い言葉で返す。
みるみる歪んでいくロゼの表情。
美しさ故、壊れていく……
「……ったら……だったら、あたしを買わないでよっ!生まないでよ!!」
響くロゼの叫び声。
こんなにも醜く、ロゼが騒ぎ立てるのを初めて目にした。
――――生む……?
そうか、母親に……
ロゼの言葉に理解しながらも、壊れゆく彼女へ手を差し伸べてやることは出来ない。
願う事はただ一つ。
一刻も早く、自分を忘れて欲しい……
「……ああ、そうだな。おまえなんか、買わなければよかった」
閉じた瞳を鋭く開き、憎しみを込めて言い放つ。
泣くかと思った。
泣き叫んだ方が、未だ良かった……
まるで、この世の終わりの様に茫然と立ち尽くすロゼ。
言葉も、呼吸すらも忘れたかのように微塵も動かず……
その姿を、セフィロスは痛感な思いで見つめながら、ロゼから顔を背けた。
「アオイが迎えに来るまで、ここで大人しくしてろ」
先程とは変わり、セフィロスは柔らかい口調で言い残すと、静かに玄関の外へ出ていった。
玄関の扉が閉まる音が聞こえた瞬間、大きな音を立て、膝から床に崩れ落ちる。
ひんやりと冷たい床に頬をつけ、茫然としていた。
やがて瞳から溢れる涙が、床に水溜りを作る。
ゆっくりと視線を上げた。
毎年、ツリーが立つ場所。
背後に映る、リビングのテーブル。
その上に、アオイが作るたくさんの料理と苺の乗った大きなケーキが並ぶ。
思い出すように、自分の笑い声が脳に響く。
セフィロスの膝の上に座り、隣には大好きなザックスとアオイ。
過去の寂しさなど、忘れてしまうぐらいだった。
――――去年のあたしはあんなに笑っているのに、どうして今のあたしは、こんなにも冷たく感じるのだろう……
要らない"人形"。
あたしは、誰……?