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「ただいま、ロゼ……居ないの?」
アオイが自宅に帰り、夕暮れが程経て落ちると言うのに、明かり一つ点けずに閑散とする部屋に違和感を感じた。
留守番をしている筈のロゼの返事もなく、しんと静まり返る空気。
ふと"過去"を思い出したアオイは、慌てて玄関から上がり、各部屋を探し回った。
「ロゼ……なんだ、居るじゃない」
倉庫代わりにしている小さな部屋に、膝を抱えて座り込むロゼの影。
だが反応はなく、何かに脅えているような雰囲気。
小さな溜息を零し、明かりを灯したその時だった。
「っ、ロゼ?!その姿……?」
慌てて駆け寄るアオイ。
彼女の肩を掴み、こちらへ顔を向けた時には、更に驚いた。
「……どうして?」
「っ、アオイちゃ……」
銀色のペンキを頭から被り、ドロドロに染まったロゼの髪。
更に、瞼全体に緑色のペンキを塗ったのだろう。
零れるロゼの涙は、緑の線で頬を伝っていた。
「あ……たし、キレイじゃない……だって……髪がセフィと、同じじゃない……」
「ロゼ……」
銀色に染まらない髪を掴み、傍に置いてあった鏡を取りながら己の姿を眺める。
酷い醜態でありながら、我を忘れるように見失う自我。
そこまで彼女を追い詰めてしまうとは……
「どうして……あたしの髪は銀色じゃないの?」
揺らぐロゼの瞳が、真っ直ぐに訴える。
「どうして……あたしは……ローサじゃないの……?」
「ロゼ、そこまで……」
心の中では、長い間気が付いていた。
だからこそ、負った傷は深い。
どうして自分を愛してはくれないのか?
それは、自分が彼の愛した人ではないから……
それでも、代わりでも愛してくれるのなら、それで本望だった。
それが叶わぬ今、この深い心の傷と、彼に躾けられた肉体は、一体どこへ行けばいいのだろう……
ロゼの深い想いに答えられる筈もなく、アオイは彼女を黙って抱き締めた。
小さく嗚咽を漏らすロゼ。
彼女の髪からうつるペンキの粘りが頬に付く。
それすら気にならないほど、悲しみに暮れるロゼが愛おしい。
ローサと同じに慣れば、彼に愛される。
有りもしない浅知恵だが、彼を想う彷徨える心の行き着く場所がないからこそ、乱心の行動を施す。
それから暫くして、ロゼの身体が益々悪化していった。
止まらない咳。
時には高熱を出し、魘される日々。
何度も医者にかかったが、結局は何の病かもわからない。
入院を余儀無く勧められたが、ロゼはひたすら拒んだ。
いつか、セフィロスが自分を迎えに来てくれる。
そう思うと、入院などしている場合ではない。
ただ信じる事が、今の心の支えになっていた。
肉体と、そして心まで苦しみを背負い、それでも尚彼を信じ、生きる糧とする。
そうでなければ、身体は愚か、精神までも崩れてしまいそうだから……
薄っすらと開く瞳。
瞼が既に痛く、涙で揺らぐ視界。
何が苦しく、そして何が悲しいのかも今ではもうわからない。
セフィロスの大きな手。
初めて自分に触れた時も、抱いてくれる時も、いつも頬に重ねてくれる。
暖かいと感じる、刹那。
呼ばれる名前。
セフィロスがつけた……生きている"証"。
これまでの人生、誰の中にも存在しない悲しき存在であったが、セフィロスに出会えたことにより、初めて知った"生きる希望"。
「ロゼ、ロゼっ……しっかり!」
意識が朦朧とするロゼを懸命に介護し、強く呼び掛けるアオイ。
だが反応はなく、小刻みに続ける呼吸が次第に速くなってくる。
額から噴出す汗を、こまめにタオルで拭く。
「……ぁ……セフィ……セ、フィ……」
覚束無い右手を上げ、ロゼはセフィロスを求める。
何度も何度も繰り返し呼んでは、彼の幻影を捜す。
手を伸ばしても、決して受け取ってはくれない。
暫く黙ってそれを見ていたアオイは、堪らなくなりロゼの右手を両手で握った。
少しの間でも、自分がセフィロスと思ってくれれば良い。
そう願い、涙ながらに一晩中ロゼを見つめていた。