[Dolls] -rose- | ナノ

【Dolls】-rose-

09. 愛執 (4/5)

*****



「今日から一ヶ月遠征なんて、だるいなぁ」


神羅カンパニーのオフィスでは、ザックスが煩わしそうに愚痴を零した。
それを無視しながら、最後の書類をデスクで纏めるセフィロス。

ザックスが大きく伸びをしたところで、大きな足音と激しく扉が開く音がした。


「うっわ!びっくりしたー……なんだ、アオイじゃん。会社に来るなんて珍しいな?」


自分の妻であり、産休を取っているアオイが連絡もなく来たことに、驚き彼女の傍に寄るザックス。
だが、アオイは邪魔と言うようにザックスを手で追い払うと、まっすぐセフィロスが座るデスクへと向かった。
鬼のような形相を浮かべ、セフィロスの前に立ち尽くし見下ろす。
セフィロスもまた不快な表情を浮かべ、アオイを見上げた。

次の瞬間、アオイが派手に手を振り翳しセフィロスの頬を叩いた。


「これは、あんたが叩いたロゼの痛み!」


言い終わるのと同時に、再びアオイは彼の頬を叩く。


「これは、ロゼの心の痛みよ!」

「ちょっ……どういうことだよ、アオイ?」


セフィロスは黙ってアオイを鋭く睨む。

前触れも無く始まった喧嘩に、仲裁に入ろうとしたザックスがアオイの言うことが解らない。
しかし、彼の言葉も耳に入らぬほどの怒りなのか、アオイはセフィロスのデスクを両手で叩くと話を続ける。


「私、言ったわよね?ロゼを預かるなら、ちゃんとロゼを納得させてからにしろって!
まさか、暴力ふるって無理強いさせたなんて」

「あれは事故だ」


興奮するアオイの言葉を、セフィロスは至って冷静に遮った。
だが、結局はアオイの怒りに油を注ぐ形となる。

加熱する言い争いにザックスが割り込み、自分が納得させるからとアオイを強制的に帰した。





*****





昨日の辛い面持ちながらも、アオイに迷惑を掛けまいとロゼは必死で気丈に振舞っていた。


アオイが外出中、部屋の掃除をしていたロゼは、ふと本棚の分厚い本を見つける。
埃を被り色褪せていたそれは、何故か引き寄せられるように手に取った。

掃除の最中でありながら、ロゼは床に腰下ろすと重い本を開く。

その本は、アルバムだった。
ぺらぺらと捲り、中を見る。

殆どが、セフィロス、ザックス、アオイと、見も知らない女性の写真ばかりだった。


ふと、ある頁で手を止める。

それは、ロゼがいつか遊びに行った海。
あの時、四人で眺めた夕日を背に、じゃれ合うようなセフィロスと女の写真。

次第に心がズキズキと痛み出す。


――――自分の居ない過去。
自分の知らない思い出……

今はまるで、この女性の代わりに自分が存在しているみたいだ。



やがて、見覚えのある一枚の写真が目に入った。
それは以前、セフィロスが寝室で燃やしていた写真と同じもの……


セフィロスと並ぶ、美しき女性。
彼と同じく、銀色の髪に淡いグリーンの瞳。
どことなくセフィロスと似ているその女性。

幸せそうに笑っている。


華やかに笑むセフィロスではないが、この写真の中では柔らかく微笑みながら"彼女"を見ている。
それは、嘗て自分が見たことの無い彼の姿だった。

決して、自分には向けられない表情。


それ以上見るのが辛くなったロゼは、アルバムを閉じる。
すると裏面には、消え入りそうな黒い字で何かが書いてあるのを見つけた。


「ロー……サ……?」


目を細めて声に出して読む。
"Rosa"と名前が書いてあった。

その瞬間、このアルバムの持ち主が彼女の物だと理解する。

以前、セフィロスのクローゼットで同じ名を刻んであった物を見たことがある。
そして、彼が不意にベッドの中で漏らした名前……



「ロゼ、ただいま……」


帰宅したアオイが、部屋の扉を開けた。
その声に鋭く反応し、ロゼが慌てて顔を上げる。

彼女が手に持つ、懐かしさの残る本を目にしたアオイは、驚くまま足をふらつかせた。


「ロゼっ……それを、どこで……?」


酷く焦るような態度のアオイに、ロゼはその意味を素早く勘付き、思わず苦笑を浮かべる。


「あ……ごめんなさい、勝手に見ちゃって。あの……お掃除してたら目に入っちゃって……」

「あ、そうなの……うん、じゃあ私が元に戻しておくから」


何かを隠したいのか、アオイは彼女の手からアルバムを取ると、隠すように背中へ持っていく。
誤魔化すように笑うアオイに、ロゼも同じく作り笑いを見せた。


「……アオイちゃん」

「なっ、なに?!」


落ち着いたロゼの声は、強く心を抉るよう。
彼女の瞳は突き刺さるほど真っ直ぐで、全てを見透かされているような気配に陥る。


「隠さなくていいよ?……あたし、もう解っているから」


口元を緩めながら、瞳を閉じ顔を俯けるロゼ。

アオイは思わず滑るようにアルバムを落とし、ロゼの前に座り込む。
彼女の肩を両手で優しく掴むと、大きく首を振った。


「違う!違うのよ、ロゼ……あの子は……ローサは……」


今にも涙が零れそうなアオイに気付き、ロゼは黙って彼女の顔を見つめた。


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