【Dolls】-rose-
08. 悪夢 (3/7)
大きな樹木。
揺らめくカラダ。
しなやかに……美しく……
あれは……幻か?
ローサの美しい身体が、揺れている……
粉雪に包まれながら、笑むこともなく、口も利かず、ただ静かに揺れていた。
血を流さぬ屍を見たのは初めてだった。
神羅に就いた時から、この手で消して行く全ての者は、肉体から噴出した体液より深紅に染まり、醜態を曝しながら地に還る。
それが、"死"そのものだと思っていた。
顔を項垂れる美しいローサの白肌は、雪を超えるほど青白い。
俺の名を刻むその艶やかな唇は、醜いほど爛れる。
"これ"は、俺の愛したローサではない……
その姿は、まるで道化師の愚弄にあったかのようだ。
"裏切り"を持って、ローサは醜貌に豹変した。
当然の報い……
棺桶の中で静かに眠る彼女の最期に、暴戻の言葉を残す。
出来ることならば、おまえの願いを自身の手で叶えてやりたかった。
それを拒むほど、俺を怨んだのか……?
ゆっくりと、瞼を上げる。
身体ではなく、どうやら芯が重いようだ。
「……夢、か」
まるで、棘で心臓を刺したような痛みに目を覚ます。
片肘を使い、上半身を起こした。
未だ、脳内に違和感を残す。
懐かしく、それ故煩わしい過去の現像……
時折、こういった悪夢を見る事が暫し。
"自分の苦しみを忘れるな"とでも言いたい、ローサの怨念か?
思わずセフィロスは苦笑を浮かべる。
近くの時計を、目を細めて見入る。
時刻は、午前三時前。
中途半端な時間に目覚めた不快さに嫌気が差す。
シルクの毛布を捲ると、隣ではロゼが小さく丸まり寝息を立てて寝ている。
この四年、身に余る思いで仕上げた。
全てを、我の思惑通りに。
それが完璧となりつつある、現在……
「本当に、似ているのかどうか……」
静かに眠るロゼの右頬に手を重ね、こちらへと向ける。
理想の"人形"と成熟したが、"何か"が違う。
「……ぅー……ん……セフィ……」
軽く瞳を開けながら、ロゼは寝言のようにセフィロスの名を呼ぶ。
寝惚けているのか、彼女の意思なのか……
もそもそと起き上がると、セフィロスの太腿に頭を乗せ再び眠る。
小さな溜息を零しながら、セフィロスは彼女の髪をそっと撫でる。
猫のように喜びながら、口元を緩ませ寝息を立てる。
セフィロスの手が、ロゼの髪から頬、そして首根に撫でながら滑り落ちる。
ふと、セフィロスはそこで手を止めた。
幸せそうに眠るロゼ。
いや、もう今は……
「……おまえは、"人形"だ」
ゆっくりと、セフィロスの唇が動く。
もちろん、それはロゼの耳に届く筈もなく……
「そうだ。ローサの代わりの……"愛玩人形"……」
ローサの願いを叶える為に。
ローサの裏切りに、復讐する為に……
"ロゼ"を創りあげた。
ロゼの首元に沿う手に、少しずつ力を入れる。
小さな身体……片手の一瞬の力で握り潰す事が出来る。
これまでの任務にて"穢れた手"は、死を招く事等容易い。
酸素が足りなく、呼吸を早めながら青褪めていくロゼ。
眉を顰めながら、苦しむ姿に酔い痴れる。
静かに、ロゼの瞳が開く。
薔薇色の瞳。
苦しさに涙を浮かべながら、静かにセフィロスを見つめる。
真っ直ぐな、汚れのない視線。
「っ……セ、フィ……」
息苦しさに唇を震わせながら、ロゼは微笑みながら彼の名を呼ぶ。
それは、彼の行為を受け止める"証"と言うように。
彼女の視線に耐え切れなくなったセフィロスは、ゆっくりと視線を外すと同時に手も緩める。
軽く咽るロゼ。
だがロゼは咳が治まると、自らセフィロスの片手を取り、自身の頬に当て嬉しそうに眠り就いた。
確かに、殺意はあった。
この手でロゼを殺めようとした。
それを知りながらも、ロゼは死を受け止めようとし、そんな自分を未だ慕おうと言うのか?
"女"としての機能を備えたロゼ。
だが、ロゼの"心"は決して成長しない。
それは"汚れ"を意味しないこと。
ロゼの小さな身体から溢れる、"純粋"の塊を恐ろしくも儚いとセフィロスは痛感する。
「おまえは、大人になったんだな。ああ、美しすぎるほどに良い女だ」
艶やかなロゼの唇を撫でる様に触れ、セフィロスはそっと口付けた。
それから暫く仕事を理由に、セフィロスは自宅へ帰らぬ日々が続いた。
また、例え家に居ようともロゼに触れぬ方が多かった。
元々ロゼに対して口数が少なく素っ気無い態度であったが、それとは何かが違うとロゼは直感する。
しかし、当の本人に問うことは出来なかった。
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