*****
「おかえりなさい!」
玄関の扉を開けると、いつもの如く満面の笑みで迎えるロゼ。
この四年間、全く変わることのない光景。
"ただいま"の言葉の変わりに、彼女の頭に軽く手を置く。
変わり映えのない日課だが、ロゼはこの行為をいつも喜ぶ。
「ザックスたちは、未だか?」
リビングに入ると直ぐ、ロゼに問う。
毎年クリスマスイヴは、セフィロス宅で集まることになっていた。
もちろん、ロゼの誕生日会も兼ねて。
「うん。さっきアオイちゃんから電話があって、ふたりとも今仕事終わったから、これから向かうって」
そう答えるとロゼは、ツリーの飾り付けを再開した。
ロゼが初めてセフィロスに貰ったプレゼント。
毎年、この日になると引っ張り出し飾り付けをする。
それが何よりの楽しみだった。
四年という長い月日が経てば、ロゼもすっかり一人前の女だ。
傷みの無い黄金色の長い髪と、雪のような白さを保つ肌。
細身の身体から伸びる長い手足。
"人形"は、美しく成長した。
セフィロスは、ベッドルームへ向かった。
クローゼットを開き、脱いだ上着を終おうとしたその時、ふと内ポケットに忍ばせた一枚の写真を取り出す。
暫くそれを見入ると、鼻で笑った。
「時は、人の心を変化させる、か……」
呟くように声に出すと、写真を再び戻した。
苦痛だけの毎日。
それが、気付けばもう七年……
忘れていた訳ではない。
だが、結局は痛みを忘れる程の想いだったのか?
……違う。
ローサは未だ生きている。
直ぐ傍に、手の届くところで笑っている。
"人形"…… ――――
暗い表情でベッドルームを出ると、ロゼが丸椅子の上に立ち、ツリーの天辺に飾りをつけていた。
その姿を、黙って見つめるセフィロス。
ふわふわの白いベロアのドレス。
ローサの一番気に入っていた服。
襟元の、真白いファーが何よりも好きだと言っていた。
どうでもいいようなことだが、何故遥か昔の記憶を鮮明に覚えているのだろう。
"クリスマスは、この服で出掛けるの。"と嬉しそうに笑っていた。
待ち合わせの時間も、場所も、何故はっきりと覚えている?
そして、彼女の最期の言葉も……
「……フィ、セフィー!」
自分を呼ぶ声で我に返る。
ロゼが、少し膨れた顔で手招きしていた。
「どうした?」
まるで何も無かったかのように振る舞い、ロゼの許へ向かう。
「ここの飾り、赤と青どっちがいいと思う?」
両手にした飾りを見せ、真剣に悩むロゼ。
セフィロスにしてみたらどちらでもいいことだったが、適当に赤い方を指差す。
それでも眉を顰め悩むロゼであったが、玄関のチャイムが鳴ると直ぐに表情を明るくした。
「あっ、来た!」
来訪者が誰か察すると、飛び降りるように椅子から跳ねる。
瞬間、椅子のバランスが崩れ床に落ちそうなロゼをセフィロスが空中でキャッチした。
そんなことも構わず、ロゼはするりとセフィロスの腕から抜けると、玄関へ走り去る。
セフィロスは、大きな鼓動を感じた。
左腕にかかった、ロゼの"重み"。
これまであまり気にはしていなかったが、全てにおいて"同等"と感じる。
――――"人形"は、確実に[女]と化す……
左腕を目を見開いて見つめるセフィロスに、騒々しい音が聞こえてきた。
「おう!待たせて悪かったな」
「おじゃましまーす!」
騒々しい夫婦と、ザックスの腕に絡まり甘えるロゼ。
呆れるように冷たい視線を送るセフィロスに、ザックスが苦笑いしながらロゼに語り掛ける。
「ほーら。他の男にベタベタするなって、ロゼの恋人が怒ってるぞ」
「おい!余計なことを教えるな」
おどけるザックスに、セフィロスは厳しく声を荒げた。
だがそんなことは余所に、ザックスとロゼはキャッキャッと笑い合っている。
――――"恋人"
相思相愛の関係を言うことを教えて貰ったロゼは、彼との関係を"恋人"だと言われる事を心から喜んでいた。
もちろんセフィロスからそういった約束など受け取ってはいなかったが、自分が彼を想い、そして彼も自分のことを想ってくれると信じ、この繋がりがとても愛おしかった。
至ってセフィロスは否定するが、周りからそう見られれば良いとロゼは密かに思っている。
ザックスとアオイの手を引き、ツリーの前ではしゃぐロゼ。
彼女の後ろ姿を見るセフィロスは、次第に幻影が重なっていく。
"恋人"など、血の繋がりを持たない者たちの一時の結束に過ぎない只の契約だ。
仮にそれになれたとしたら、ローサは死なずに済んだのだろうか……
「……苦しい?」
セフィロスの腕を掴んだロゼが、心配そうに覗く。
このところ、茫然とする回数が増えるセフィロスに心中不安を抱いていた。
「……ああ。何でもない、気にするな」
優しくロゼの頬に手を触れると、背中を押し皆のところへ誘導する。
安心したように微笑みながらも、微妙な彼の変化にロゼは何かを感じていた。