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セフィロスは、気が気でなかった。
いつもは冷静に、また表情を一つ変えずに仕事をこなしていたが、今日に限っては顔色を度々変えていた。
―――― …………
窓から差し込む朝陽。
その眩しさに、セフィロスはゆっくりと瞳を開く。
軽く響く頭痛。
片手で頭を抑えながら起き上がった。
服のまま、寝てしまったのか。
自分を起こすように、両手で軽く自分の頬を数回叩いた。
ふと、視線を横に向ける。
すやすやと寝息を立てる"人形"……
一瞬、夢かと思った。
少しどころか、大分酔っていたのだろう。
そう言った名目の下、身の知らぬ"人形"を購入し、挙句の果てに"ロゼ"と名付けた。
冷静に考えれば、ありもしないこと。
自分のした愚かさに、嘆くように大きな溜息を漏らす。
だが、省みたところで今更どうしようもない。
ゆっくりと、ロゼに視線を映す。
酔っていても、忘れてはいなかった。
何故、この"人形"を"アレ"と思ったのか。
似ても似つかない……
ロゼの瞳が、ゆっくりと開いた。
セフィロスを視界に入れると、ニコッと嬉しそうに微笑む。
愛らしいその笑顔に、セフィロスはつられて口元を緩めた。
時計を見れば、直ぐに出勤しなくてはならない。
仕方なく彼女に、必要な食を与えて出勤してきた。
それが、今……
オフィス内の自分専用のデスクに座り、両肘を立て、その上に顔を俯かせるように乗せる。
その姿を見たザックスは、少々驚きつつも彼に近付いた。
「おいおい、セフィロス。どうした?
あー……さては昨日飲み過ぎたか」
普段とは格別に違うセフィロスの態度に、ザックスは突っつくように声を掛けた。
セフィロスは煩わしそうに顔を上げたが、何かを思いついたかのように彼の腕を強く掴んだ。
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「なっ……セフィロス、どうしたんだよ。この子……?」
定時を過ぎ、半強制的にセフィロスの自宅に連れて行かれたザックス。
ベッドに行儀良く腰掛けるロゼを見て、驚きのあまり声を挙げる。
もちろんその筈。
セフィロスが、幼き少女を自宅に置いておくなど在り得ない。
仕事以外でも長い付き合いのある彼を、よく理解している。
黙って外方を向くセフィロスを見ながらロゼを見るザックス。
きょとん、と気抜けしたようにザックスを見上げるロゼ。
「……で。一体この子、どうしたんだよ?」
落ち着きを取り戻したのか、ザックスは冷静にセフィロスに問う。
セフィロスは一瞬、瞳を泳がせたが簡潔答える。
「……事情があって引き取ったんだ」
後ろめたさがあるのか、セフィロスは直ぐにザックスから身体を背ける。
気難しい顔をしていたザックスだったが、暫くして自分の頭を掻きだす。
「……つーか、面倒看れんの?」
「だから、おまえに言っている」
あっさりと答えるセフィロスに、ザックスは驚愕した。
「はあぁぁ?!オレだって面倒なんか看れないぞ」
「何も、おまえが看ろとは言っていない」
じゃあ、何だよ。と付け加え、セフィロスを睨みつける。
「おまえの"女"が居るだろう?」
勝ち誇ったかのように、ニヤリと口角を上げるセフィロス。
そう来たか、と溜息と共に、ザックスは携帯を取り出した。
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「うっわ、すっごい別嬪さんだね!」
まじまじとロゼを見入る女。
女は黒いセミロングの髪に、同じ色の瞳を持つ。
目鼻立ちがはっきりしていて、すらりと伸びた身長。
強固さな口調からすると、かなり気丈な女性と見える。
ザックスの時と同じく、静かに女を見つめるロゼ。
「うーん……恐らく異国の子だね。色素が違うもの。それに……瞳もね」
ロゼを観察するように、女は診断を始める。
「さっすがアオイ先生、頼りになりますねぇ」
横では、戯けて騒ぐザックスがいた。
「馬鹿言ってるんじゃないの。で、セフィロス。この子がどうしたって?」
アオイは、神羅カンパニー・医務室の女医。
同時に、ザックスの恋人でもある。
セフィロスを含め、三人は長い付き合いだった。
「セフィロスが面倒看るらしい」
何故か、ザックスが答えた。
「えっ?!それ、本当に言ってるの……?」
ザックスと同じような反応を示すアオイ。
馴染みのある二人に詰め寄られるように言われ、正直立場がない。
「……だから、アオイに頼んでいる」
正にロゼの面倒を押し付ける、そういう言い方だった。
「ちょっと、ふざけないで。セフィロスが引き受けたなら、しっかり責任持ちなさい!」
まるで母親が子供を叱り付ける様に言い放つアオイ。
冷たいオーラを放つセフィロスに、はっきりと言い返せるのは彼女ぐらいしかいないだろう。
同時にセフィロスの頭が上がらない、唯一の女性。
ふたりを呆れるように見ながら、ザックスはロゼの隣に座った。
今まで彼らのやり取りを物不思議そうに見ていたロゼは、隣の彼に視線を向ける。
それに気付いたザックスは、歯を見せながら大きく笑う。
それが嬉しかったのか、ロゼも彼の真似をするように歯を見せて笑った。
「おまえら、いい加減にしろよ」
やれやれと言うように、ザックスは未だ言い合いを続けるふたりの仲裁に入った。
一旦口論を止めたセフィロスとアオイは、ザックスを見て驚いた。
彼の膝の上に座り、甘えるようにザックスの首に腕を回すロゼ。
時折あやすように彼女を擽るザックスに、ロゼは楽しそうに声を挙げて笑っていた。
「ふふ……やっぱり可愛いわね、この子」
アオイもそれを見て心和んだのか、ザックスの隣に腰掛けるとロゼの頭を優しく撫でる。
それも嬉しそうに、ロゼはアオイの手を握っていた。
そんな彼らを、肩を竦めて眺めるセフィロス。
「まあ、そんなに手間のかかる子には見えないし。それに、服とか用意する必要もなさそうね……」
アオイがロゼの纏う服に手を掛けた。
はっきりと見覚えのあるワンピース……
一瞬、懐かしい感覚に駆られる。
それは、三人共同時に感じた。
突然押し黙る三人に、ロゼは彼らを見回しては不思議そうに様子を窺った。
「そう言えば……この子、名前なんていうんだ?」
沈黙を破るように、ザックスが極めて明るくセフィロスに尋ねた。
その声に、セフィロスとアオイが我に返る。
「……ロゼ、だ」
「えっ……ロゼ?」
気まずそうに、渋々答えるセフィロス。
もちろん、ザックスとアオイも驚いた。
まさか、"同じ意味"の名を持つ。
これはただの偶然なのか……
セフィロスが付けたとも知らぬ二人は、互いに顔を見合せる。
小さな沈黙が訪れた。