[Dolls] -rose- | ナノ

【Dolls】-rose-

02. 幻覚 (2/4)

*****



「さて、どうするか……」


ベッドに座らせた"人形"を見て、セフィロスは腕組みをして悩む。
軽く酔っていたせいか、勢い余って購入してしまった。

何も知らない"人形"は、物珍しそうに黙ってきょろきょろと辺りを見回している。


「……腹、減ったか?」


一頻り考えたが、何の結論も出なかったセフィロス。
仕方なく"人形"の頭を撫でながら尋ねた。

だがその言葉が解らないのか、ただ静かにセフィロスを見つめる"人形"。
そこでセフィロスは、店主が喋っていたことを思い出した。


「そうか……おまえ言葉が解らないんだったな」


溜息を零しながら、独り言のように語るセフィロス。
そんな彼を、"人形"は黙って見つめていた。





セフィロスは"人形"の手を引くと、居間へ連れて行った。

ダイニングのテーブルの椅子に座らせ、冷蔵庫を開く。
普段自宅で食事をしないセフィロスは、ろくな物が入っていないと苦笑しながらも、辛うじて残っていたミルクの瓶を取り出した。
それを温め、カップに移したミルクを"人形"に差し出す。
"人形"は、差し出されたそれを見ると満面の笑みを浮かべた。

カップに両手を沿え、ゆっくりと飲み込んでいく。
美味しそうにミルクを飲む"人形"を、セフィロスは向かいの椅子に座り、テーブルに片肘をつけて眺めていた。

やがて"人形"がミルクを賞味し終えると、カップをテーブルに置く。
"人形"の上唇が、見事に白いラインを作っていた。
違和感があったのだろうか、"人形"はペロッと自分の唇でそれを舐め上げる。
その光景があまりにも可笑しく、セフィロスは軽く声を挙げて笑った。


「……全く、おまえは可笑しな奴だな」


言葉の意味が解っているのだろうか、"人形"はセフィロスの言葉に嬉しそうに微笑み返す。


"人形"の笑みが、再び"アレ"と重なった。

黙って俯くセフィロス。
彼の異変に気付いた"人形"は、心配そうに顔を覗き込んだ。

セフィロスは顔を上げ、自分を見つめる"人形"の頭をグシャグシャと撫で回す。
擽ったそうに笑いながら、"人形"は彼を見上げていた。





*****





"人形"を残し、寝室へ向かう。

この三年間、閉じたままだったクローゼットを開いた。
手探りで見つけた一枚の衣服。

手にしたそれを、たくさんの感情を交えて見入るセフィロス。


――――これを再び手にするとは、思ってもいなかった……



カタン、と寝室の入口が物音を立てた。
瞬時に音に反応する。

そっと部屋の中を覗きこむ"人形"。
不安そうな面持ちで、こちらを見ている。
セフィロスは手にしたそれを持ち、"人形"をバスルームへと連れて行った。





*****





シャワーの音が静かに響く。
それを耳にしながら、セフィロスは外を眺めていた。

高層のマンションの窓から見下ろすミッドガルの夜景。
色鮮やかなネオンが、光を放っている。



この夜景が、世界で一番美しいと豪語する。
"自分は幸せ者だ"と……

弾むような、透き通った声。
自分の名を愛おしく呼ぶ声。

裏切ったのは、自分ではない……



ギリッと歯を噛み締め、思わず顔を歪めた。
気配を感じ、勢い良く振り返る。

そこには、淡いピンク色のネグリジェを着てその場に立ち尽くす"人形"の姿。
言葉が通じなくても、それを着るよう告げたのを理解したのだろう。
だが"人形"の金色の髪から、水が滴り落ちていた。


「やはり、大きかったか……」


"人形"が羽織る衣服の肩紐が、ずれ落ちていく。
それに対し、セフィロスは思わず微笑した。

セフィロスは手招きをして"人形"を自分の許に寄せる。
ベッドに座ると、"人形"を膝の上に乗せた。
"人形"が手にしていたタオルを取ると、髪を優しく拭いていく。

同時に、懐かしさも覚えた。



ある程度髪を乾かすと、"人形"を膝から下ろす。
すると、"人形"は急に衣服を脱ぎ出した。


「……何をしている?」


"人形"の行動に、驚愕するセフィロス。
しかし、言葉の通じない"人形"は一向に止めることはない。
一糸纏わぬ姿となった"人形"は、恥らうことも隠すこともなく、ただセフィロスを見つめていた。

だが、"人形"の瞳は少し怯えていた。


大人でもない、少女のような身体。
だが思った以上に胸の膨らみはそれなりにあり、"女"としての身体の備えはそこそこにある。
何より、病的にも思える"人形"の白く透き通った美しい肌に見惚れてしまった。


「そうか、おまえ……」


何故、"人形"がこのような行動を取るのか?
一瞬理解することが出来なかったが、彼女が"人形"であり、そのように指導されていたとなると納得できる。

だが"人形"を慰みにするつもりは更々ない。

脱ぎ捨てた衣服を拾い、静かに着せるセフィロス。
彼の行動が意外だったのだろう、"人形"は目を丸くして驚いていた。

セフィロスは、"人形"を軽々と抱き上げベッドに寝かせる。
そして自分も横になり、"人形"と対面するようにした。


「なあ、おまえ……そうか、おまえには名もなかったのか」


何度も瞬きをしながら彼を見つめる"人形"。
セフィロスは軽く目を閉じる。



"人形"の瞳は薔薇色で、そして汚れのない……
赤と白が混じり合う、美しきカラー……
決して、深紅に染まることのない……
しなやかな、甘い香り……





――――セフィロス……



嘗て、自分の名と同じ花を愛していた。
薔薇の香りを立ち込めらせ、確かに腕の中に存在した。

全ては、過去。

だが……


ふと目を開けると、"人形"が持っていた薔薇がベッド上に置いてある。
手を伸ばしそれを掴むと、茎をくるくると手で弄びながら薔薇を見つめる。


「そうだな……」


暫くしてセフィロスは、軽く微笑する。


「おまえに名を与えてやろう。"ロゼ"、というのはどうだ?」





"人形"の名前――――ロゼ。


ロゼと呼ばれたことが、余程気に入ったのだろうか。
言葉は解らなくとも、言っていることを理解しているのだろう。
"人形"は嬉しそうに笑った。



やがて、眠りに落ちるロゼ。
それを見入りながら、セフィロスも眠りに落ちた。


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