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もう何日ここにいるのか。 ベッドの上で仰向けに寝そべり、煌々と部屋を照らす蛍光灯をぼんやりと見る。 窓もなく、時計もテレビラジオも何もない、完全に外界と遮断された無機質な部屋。あるのはベッドとその脇に置かれたサイドデスク。トイレとバスは備え付きだ。 この部屋に軟禁されてもう随分経った気がする。時計もなく外の様子も知ることが出来ない為に時間感覚は曖昧だ。運ばれてくる食事の数を必死に数えていたが、ここの所それもよく解らなくなってきた。 その食事は今もサイドデスクの上に置かれ、手を付けられることのないまま冷えきってしまっている。 ーーーコンコン。 ノックの音に力の入らない体に鞭を打ち起きあがる。ベッドの縁に腰掛けなおした。 この部屋の扉には鍵が掛けられていて、中からは外せない。扉が開くのは黒服の男が食事を運んでくるときと・・・彼が訪ねてくるときだけ。 「名無し、入るぞ」 返事を待たずに扉を開けて部屋に入ってきたのは、フィフスセクターなどというサッカー管理集団のトップ、聖帝イシドシュウジ。 わたしを拐い、ここに閉じこめた張本人。 褐色の肌、髪にメッシュを入れた彼は、サイドデスクに置かれたまま冷たくなった食事に目を止めて眉根を寄せた。 「また食べていないのか。強情もいい加減にしないと倒れるぞ」 そう言って皿に手を伸ばし、付け合わせの人参のグラッセを摘み口に放り込む。 ここに閉じこめられてから、まともに食事を取っていない。水分だけはどうしようも出来ないため飲んでいるが、この部屋から出られずただじっとしていればお腹も減らない。何より、こんな状況下では喉を通るはずもない。 「毒など入っていない。・・・食事くらい取るんだ」 「貴方に指図される謂われはない」 「・・・・・・」 すげなく言い返せば、鋭い眼光を宿す瞳が不快そうに細くなる。彼はそのままわたしの前に立った。 「わたしを守のところに帰して」 「おまえはそればかりだな。名無し」 「夫の元に戻りたいと思うのは、当たり前でしょう」 「黙れ」 夫、と口にした途端、彼は苛立ちを隠さずわたしの肩を押した。 押されるがままベッドに背中から沈み、その上から彼が覆い被さる。逆光になり彼の顔には影が掛かるが、その表情くらいは見て取れた。 このやりとりをもう何度繰り返したのだろう。 彼を苛立たせることを理解していても、わたしは言うことを止めなかった。 買い物に出た道中、後ろから静かに近づいてきた車に突然押し込まれ、抵抗も意味を成さなかった。 帰ってこないわたしに、守はどうしたのか。 「ここに円堂はいない」 わたしの首筋に顔を埋め、唇で肌を撫でたかと思えばそのまま強く噛みつかれる。付いた歯痕に舌を這わせ、そのまま鎖骨へと降りていく。 これもまた何度も繰り返されたことだ。 彼は苛立ちに任せわたしを押し倒し、唇を、手を、あちこちに押しつけ触れる。 その癖わたしが一言止めてと言えば、彼はすぐにそれを聞き入れてわたしの上から退く。 いつもであればすぐに制止の声を上げるが、この時は違った。その動きに反応を返さず、わたしは口を開いた。 ずっと彼に聞きたかったことがある。何もない部屋では思考しかすることがないので、そればかりをずっと考えていた。 「ねぇ、わたしを名無しと呼ぶ貴方は・・・誰?」 ピタリと彼の動きが止まった。 わたしの胸の上に顔を寄せたまま動かない彼を見ないままで、出来る限り抑揚を付けずに続ける。 「わたしは円堂ごんべよ。わたしを名無しと呼ぶ人は限られてる。例えば、そう。豪炎寺くんや染岡たち」 守と結婚してから、わたしを旧姓の名無しと呼ぶのは昔からの友人たちのみとなった。 「でも貴方は豪炎寺くんじゃないんでしょう。わたしにはイシドシュウジなんて知り合いはいない」 ここに連れてこられ、初めて彼に対面したとき。「豪炎寺くん、どうして・・・」と問ったわたしに彼は自分は豪炎寺ではなくイシドシュウジだと名乗った。 「わたしを名無しと呼ぶ貴方は・・・誰なの」 返事は無かった。 「ねぇ、何と戦っているの。話せないことなの」 出来る限り感情を抑えようとしていたのに、口を開く度に感情が流れ出してしまう。 声の震えを我慢すれば体が震えてしまい、密着している彼には伝わってしまっているのだろう。 「また、独りで全部抱えてるの・・・?」 胸元に乗せられた頭を抱えたくて、思わず触れそうになる腕を必死で押さえる。わたしは円堂守の妻なのだから、それをしてはいけない。 「・・・・・・」 沈黙が走った。 衣擦れの音もしない、呼吸をすることすら躊躇うほどの静寂に包まれる。 どの位の間そうしていたのか。 彼は無言のままでわたしから体を離した。伏せた目をそのままにベッドから降りる。 緩慢な動作で扉に向かい、開ける。扉の向こうに消える寸前こちらを見ないままで一言だけ残して出ていった。 「・・・また来る。食事だけは、取れ」 ガチャンと錠がかけられる音を聞きながら、腕を瞼の上に重ねた。 「豪炎寺くん・・・」 貴方はまた独りで何もかも背負い込んで苦しむの? その重荷を分けてはくれないのかなんて言えない。彼がわたしを想ってくれていることを知りながらも、わたしは守を選んだのだ。これから先も、わたしにとって彼は大切な仲間でしかない。わたしの特別は守なのだ。 わたしが彼を選ぶことは、ない。 でも、泣くことくらいは許されるだろう。 湿った胸元が外気に触れ冷えていく。それが彼の心を現しているような気がして、胸が一層締め付けられた。 わたしの涙は頬を伝い、シーツに染みを作った。 ___ みおさんリク「円堂監督の奥さんで聖帝(豪炎寺)が略奪愛」匿名さんリク「幼なじみ主と聖帝のお話」でした。 今のところ、豪炎寺は何か理由があり聖帝化している設定です。敵の内部にいて雷門を成長させようとしているといいなーと。心の底から「サッカー管理しなきゃ!」と考えていた場合はジ・説教アースです。 企画への参加ありがとうございました! 2011.12.05 Back |