一周年記念企画 | ナノ
今はまだこのままで

大型ショッピングモールの片隅で、不動は値札を見て眉を潜めた。高い。どうしてサイズが少し変わっただけでここまで値段が変わるのか。


「布団買うの?」


後ろからひょいと顔を出したごんべが値札をさらい、そこに表示された額に不動と同様に眉を寄せた。そうだろう高いと思うだろう。


「誰かさんが掛け布団引っ張ってくんでな。寒くてかなわねえんだよ」
「・・・わたしそんなに寝相悪くないはずなんだけど」
「朝になると寒いからな」


先日ごんべが泊まっていった際、一つの布団で就寝したが明け方に目が覚めた。傍らに寝ていたごんべに掛け布団をとられた寒さ故に。
その時寝ぼけた頭で何を考えたかとんでもないメールを数人に送りつけてしまったがために、翌日えらい目に遭ったわけだが。

早朝からどったんばったんと大騒ぎした結果、般若の形相の大家がやってきたことでその場は収束。追い出されるかと思ったが必死に頭を下げどうにか事無きを得た。その際鬼道が何やら袖の下のようなものを渡していた気がしなくもない。


「おまえもよく泊まるんだし、でかいの買うかと思ってな」
「二つじゃなくて?」
「・・・・・・・・・二つも置いたら狭いだろうが」


一瞬詰まってから返答すれば、ごんべは笑って「そうだね」と肯定する。お見通しのくせしてこうしてからかってくるのだから意地の悪い女だ。


「それならわたしもお金出すから。二人で寝るんだしね」


愉しげなごんべ。こういうやりとりをするたびに、ごんべが男女のそういった関係に慣れていることを感じ複雑な気分になる。本人には決して言わないけれど。

精神年齢でいえばごんべの方が明らかに上であるし、経験もまた然り。仕方ないことだと理解しているが、やはり男として、優位に立ちたい気持ちはある。


釈然としない感情を持て余した不動は、とりあえずごんべの額を指で弾いた。


「ちょっ、何?」
「知るかバーカ」
「ドメスティックバイオレンス反対」
「ブッ」


唇を尖らせ額を擦るごんべから出た聞き慣れない言葉に、不動は吹き出す。よりにもよって家庭内暴力とは。その反応にしたり顔を浮かべるごんべにからかわれたことを知り、不動はごんべの頭を片手で掴みぎりぎりと指先に力を込める。
痛い痛いと騒ぐごんべにもお構いなしだ。

ごんべは不動をからかうことが好きらしい。付き合う前からその傾向はあったが、こうして付き合うようになってからはそれが顕著だった。

不動に些細な悪戯を仕掛け、その反応を見て笑ったり。不動の反撃に大袈裟に反応を返したりする様は、年相応といえる。
いつも落ち着いている彼女からは想像しにくい姿だ。

そんなごんべの年相応な振る舞いは、嫌いではない。
この姿を見せる相手が不動に限定されていることを知っているから。


だからこそ、鬼道や風丸たちが突っかかってくるのだろうけれど。


「明王っ、いい加減頭割れるってば」
「・・・なあ。・・・一緒に住むか?」


手を頭から退かそうと奮闘するごんべに思いついたまま告げれば、ぽかんと口を開け不動を見上げる。
特に深い意味はない。なんとなくだ。


「・・・高校生で同棲っていうのはちょっとね。外聞も悪いし」
「ま、ただえさえ高校生の一人暮らしってことで目ぇつけられてるしな」


断られるのは解りきっていたので、不動はあっさりと頷いた。
ようやく解放された頭を揉むように擦るごんべを横目に、不動はつい、と一瞬だけ視線をずらす。


「あいつらも黙ってないだろうし」
「ああ・・・なんかさっきから隠れきれてないよね」


円柱の影から覗く、見覚えのある姿に、ごんべは苦笑し不動は深い溜息をつく。
一応隠れて尾行していたようだが、不動たちが寝具コーナーに来てからは気配がだだ漏れになっている。殺気もビンビンだ。


「俺は時々思うぜ。吹雪の奴、妖怪かなんかじゃねえの」


毎度のことながら、北海道にいたはずがどうやってか信じられないスピードで駆けつけてくる優男は、果たして本当に人間なのだろうか。北海道に住む妖怪や何かの類だと言われても納得してしまうだろう。むしろそうでなければ説明がつけられない。


「・・・妖怪ではないけれど、前にキャラバンに乗ってストライカーを探しに行ったときは『熊殺しの吹雪』って二つ名があるとかなんとか聞いた気が・・・・・・」


乾いた笑いを漏らすごんべに、不動の背筋に寒気が走った。吹雪なら有り得そうで笑えない。
北海道の熊ということは、羆相手だったりするのだろうか。
・・・いつか本当に亡きものにされそうな気がしてならない。

それでもごんべと別れる気にならないあたり、不動も相当ヤキが回っている。


「でもなんだかんだ言って、明王も相手してるよね。今だって撒こうともしないし、この間だってあんなメール送るなんて」
「あー。まあ、な」

頭をがりがり掻きながら呻き声をあげる不動に、ごんべが首を傾げる。

突っかかってくる風丸たちを避けたりせず、いちいち相手をしたり、寝ぼけていたとはいえ、ごんべの寝顔を写メで送りつけるだなどと不動らしくないことは自覚している。


正直なところ、面倒だとは思うものの心底嫌だと思ってはいないのだ。そして、罪悪感もある。


高校を卒業したら、すぐにでも日本を出ようと思っている。
FFIに参加し、世界の強豪たちを見てからずっと考えていたことだ。いつか世界に出て、様々なチームでプレイしたい。誰よりも強く、誰よりも貪欲に。不動のサッカーに対する姿勢は昔から変わらない。

そしてその時には、ごんべも連れていくつもりだ。
強要するつもりはないが、ごんべならば不動に付いてきてくれるだろう確信があった。

何も自惚れじゃない。不動がすでに日本のプロリーグに所属するチーム複数から誘いを受けているように、ごんべの元にもまたトレーナーとしての誘いが来ている。
イナジマジャパンの時にサッカー協会に提出されたごんべの作ったトレーニング方法や、その後協会に請われて書いた論文はスポーツ医学界に大きな影響を与えた。勿論非難の声もあるが、高く評価する者も多くいる。

海外に行き日本とは異なる環境で学ぶことは、ごんべにとってプラスになるだろう。


近い将来、不動はごんべを、遠くに連れていく。
ごんべが大切にしている者たちから引き離して。
ごんべを大切にしている者たちから奪い取って。

だから、それまでの間は。


「もうしばらくは、辛抱してやるよ」


不思議そうな顔をするごんべの腕を取り、ぎゃあぎゃあうるさい外野の元に向かった。




***



せっかく練習の無い貴重な休日に、高校生男子が四人も雁首を揃え何をしているかといえば、なんてことはない。不動とごんべの尾行である。

周囲からの奇異の視線をものともせず、大型ショッピングモールの壁から壁へ、柱から柱へと渡り歩く四人は、目標の人物たちが足を止めたコーナー名に目を剥いた。


「寝具コーナーだと・・・!?」


不動とごんべが布団の値札を見ながら何やら話をしている。でかでかと掲げられたポップに踊るダブルサイズという文字に、四人は一様に歯ぎしりした。


「二人で寝るには狭いからもっと大きい布団を買おうということか・・・!」
「待て鬼道。シングルサイズの布団より広い分密着しなくなるんじゃないか」
「!成る程、確かにそうだ」
「そういう問題じゃないだろう鬼道、豪炎寺!二人で一緒に寝てることが問題なんだ!」


豪炎寺の言葉に納得しかけた鬼道を、風丸が止める。

風丸が大事に大事にしてきた幼なじみを、まさかの伏兵である不動が奪い、さらに高校生の分際で同衾など言語道断の振る舞い。許せるはずがない。
だがしかし、ごんべ本人が幸せそうにしているのを見ると、無理矢理別れさせ悲しませることなど出来なかった。

故に風丸は考えた。
ごんべを悲しませるのは本意ではない。しかし不動に我が物顔されるのは鼻持ちならぬ。

なら邪魔をするしかないではないか!


「オレの目の黒いうちはごんべに不埒な真似は許さないぜ不動・・・!」


今にも飛び出さんばかりに柱に爪を立てる風丸。その横でじっと不動とごんべを見ていた吹雪が口を開いた。


「何を言ってるかは聞こえないんだけど、なんか今僕の悪口を言われた気がするなぁ」


ポケットに手を突っ込みながら「おまえ等うるさいんだよ!」と寄ってきた不動が、吹雪の言葉に青くなり、吹雪妖怪説が更に強まるまであと少し。


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麻倉さん・呉袙さん・無記名さん・詩太さん・直さん・美那子さん・ざっきーさん「IF不動END後」でした。
一番多くのリクエストを頂けたので、いつにも増してはりきってみましたがいかがでしょう・・・!
企画への参加ありがとうございました!

2013.01.14
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