特権行使 |
委員会の関係で朝練に参加できなかったため、放課後になり今日初めて部室へやってきたわけだが。 顔を出した途端、守に腕を取られ問答無用で走らされた。 「ちょっと守、どうしたのっ」 部室の裏に回り、腕を引っ張られるがままにしゃがみこむ。 あっと言う間の出来事に目を回しつつ、少々語気も荒げたけれど、守の顔を見た瞬間口を噤んだ。 「ごんべっ、ごんべっ、どうしよオレ風丸になんかしたかも!」 汗をだらだら流し青い顔をした守は、時々どもりながらも 事の経緯を話始めた。 休み明けの月曜日。 週末は珍しく部活も無く、普段であればそれでも自主練習に励む守ではあるが、昨日は先日の小テストでの結果があまりにも悪かった守のために追試が設けられていた。そのために土日勉強漬けだった守は、今日の部活を楽しみに登校してきた。 「それで、校門に入る前に風丸見つけたんだ。後ろから追いかけて挨拶したら・・・」 いつものように大きな声を掛けながら肩を叩いた瞬間。 振り返りもせず疾風の速さで手を叩き落とされたのだという。 驚いた守が「か、風丸・・・?」と呼んでも反応はなく、そのまま進んで行く。 突然の出来事に呆然としていた守は、後から登校してきた半田の声に我に戻り、多分機嫌が悪かったんだなと結論づけて半田と共に部室に向かった。 「でも朝練中も睨まれるし、シュートは強烈だし・・・いやそれはいいんだけどな。でもとにかくすげー怖えんだよ〜。なんかしんねぇけど、めちゃくちゃ怒ってるんだって!」 頭を抱えて叫ぶ守に、思わず額を押さえる。 一郎太がそんな風に守にだけきつく当たる理由に、心当たりが、ある。 「風丸が怒っていて円堂に当たっているのだとしたら、その原因はごんべにあるんじゃないのか」 部室の窓からひょっこり顔を出した鬼道くんの言葉に、守はきょとんと顔を上げる。 「昨日と一昨日は久しぶりに部活もない完全なオフだった。だが円堂だけは追試で学校に来ていたな」 「昨日は午後から学校来たけど、一昨日はごんべんちで勉強してたぜ。昨日の午前中もヤマ張ってもらってたし」 「それだな。・・・ごんべ、おまえ土日に風丸と何か約束したりしてはいなかったか」 「・・・鬼道くんは本当に察しが良すぎる」 ええその通りです。約束していましたとも。 滅多にない休みの日、土日のどちらかにでも少し遠出してデートをしようか、と赤い顔をした一郎太に誘われわたしもそれを了承。楽しみにしていた。 だがしかし金曜日。守が担任から死刑宣告を受けたかのような顔ですがりついてきたのだ。 「中学とは違うから留年だってありえるんだぞ」と脅された守を放っておけるはずもなく。久しぶりのデートは延期になった。 その時一郎太にはきちんと話したし、彼も大きく嘆息しながらも頷いたはずだったが、やはり気に入らなかったのだろう。 「成る程な。風丸が怒るのも無理はない。大人しく八つ当たりを受けるしかないぞ円堂」 「鬼道は風丸に本気で怒られたことがないからそんな風に言えるんだよっ」 「回避するには風丸の怒りを鎮めるしかないだろうな。この場合それが可能なのはごんべだけだろう」 そんな山神を鎮めるための生け贄みたいな言い方をしないで欲しい。 「ごんべ、頼む!風丸を鎮めてくれ!」 「元はといえばごんべが円堂を優先したことが原因だからな」 それを言うのならば赤点を取って泣きついてきた守が大元なのでは、と思わなくもないが、久しぶりのデートをふいにしてしまったことは申し訳なく思っているので頷いた。 責任とって鎮めてきます。 そんな訳で休憩に入ったタイミングで一郎太の元に来てみたが、遠目に見ても不機嫌なのがありありと解る。 頼むから何とかしてくれ!という守を筆頭に遠巻きに見守る部員たちの声なき声を背中に受けながら、意を決して一歩踏み出す。 「一郎太」 あぐらをかいて座り込み、タオルで乱暴に髪を拭く一郎太の横に膝をついて声を掛けるが反応はない。 顔を覗き込もうとすれば俯いて、タオルで顔を隠してしまった。 これはもう完全に拗ねている。 見守る部員たちに目配せして、視界に入らないようにと目で訴える。察しのいい数名が周りを引っ張っていったのを確認してから、すっと身体を寄せた。 くっついた肩と腕に一度肩を揺らすも、一郎太は無言を貫く。 腿に落ちている一郎太の手に手を重ねると、ようやくこちらを見た。 「・・・なんだよ」 タオルと髪の隙間から半眼になった目が覗く。 そんなことで許す程甘くないぞ、と副音声が聞こえた。 「今度の休みはどこ行こうか」 「・・・そんなのいつあるか解らない」 「午後練習が休みの時だってあるじゃない」 「どうせごんべは円堂の自主練習に付き合うんだろ」 「・・・・・・もう、一郎太ってば」 ツーンと尖った唇に、笑いそうになるのを必死で押さえる。 外見を裏切って男らしく成長した一郎太が、こうしてわたしの前では子供のようになる瞬間が、実は好きだったりする。 笑いを堪えているのに気づいたらしい一郎太は、じろりと軽く睨んだものの、一拍置いて深い溜息をついた。わたしの肩に凭れ掛かるようにずるずるとずり落ち、頭を肩に乗せた。 「・・・悪い。ガキみたいだな、オレ」 体温の高い手が伸びてきて、わたしの指に絡んだ。 「わかってるんだけどな。ごんべと付き合うようになってから、今まで我慢出来ていたことが堪えられなくなった」 耳元で聞こえる声に、体温が急上昇する。一郎太は自分が何を言っているのか解っているのだろうか。 普段は手を繋ぐことすら躊躇い、キスの度に恥じらいを見せる癖に、こういう甘い台詞をさらりと言う。その度にわたしはどうしようもなく照れてしまうのだ。 「どんな理由であれ、おまえが円堂を優先するのが嫌なんだ」 わたしは一郎太の優しさに、甘えすぎていたのかもしれない。鬼道くんの言うとおり、恋人であるはずの一郎太よりも守を優先すれば怒るのも当然だ。けれど一郎太なら、理由を告げれば許してくれるものだと心のどこかで決めつけていたのかもしれない。 そんなわたしの傲慢さの裏で、一郎太はいつも葛藤していたのだろう。 「・・・ごめんね一郎太」 「いや、俺こそごめん。比べられるものじゃないのにな」 「ううん。・・・ありがとう」 なんて言ったらいいか解らなくて、後悔も喜びもごちゃごちゃに混ざったこの感情が、触れた指先から伝わればいいと、ぎゅっと手に力を込めた。 この手を離したのは、俺からだった。 風邪を拗らせ倒れたごんべを、支えることすら出来ない小さな非力な手。 いつだって甘えるばかりの自分を恥じ、強くなることを誓った。 「一郎太?どうしたの、まじまじと」 デートを不意にしてしまったことを申し訳なく思っているごんべは、遠くから部員たちが見ているにも関わらず、大人しくされるがままになっている。それをいいことに凭れ掛かり手を絡め、目線まで手を上げた。 不思議そうに首を傾げるごんべに返事をせず、俺と比べれば格段に華奢な手を観察する。 細い指、その先にある桜色の爪は短く切り揃えられている。やすりがしっかり掛けてあるのだろう、指の腹で爪先を撫でれば引っかかりなくつるんと滑った。 幼い頃は、いつもこの手を握っていた。 この手に縋るのを止めたのは俺自身だったのに、なんの躊躇いもなくごんべの手を握る円堂に嫉妬を覚えることも少なくなかった。 ごんべちゃんごんべちゃんと幼い頃の俺のように名前を呼んで追いかけて、ごろごろと甘える吹雪の姿に、その場所は俺のものなのだと、俺だけの特権なのだと叫びたくなることもあった。自分でもおかしいと思うほどのごんべへの執着心。これが知れたら、ごんべは気味悪がって遠くに行ってしまわないか。 そう思っていた時期もあったが、付き合うようになって気づいたことがある。 ごんべは、甘えられることが好きだ。 それは円堂や吹雪を見ていれば解ることだった。 そしてそれと同時に、ごんべにとって他人を甘やかす行為は、それ自体がごんべにとっての甘えなのだ。 だからごんべはこの手を決して振り払うことはしない。 不意に、風に乗って仲間たちの声が微かに届く。恐らく隠れて出歯亀をしているのだろう。 それに気づいていない振りをして、頭を上げてごんべの顔に寄せる。 円堂。ごんべがそれを喜ぶから、おまえがごんべに甘えるのを許してやるよ。ただしこれだけは譲らない。他の誰にも。これは、俺だけの特権。 ざわつく背後に優越感を感じながら、そっと唇を重ねた。 ___ 茶釜さん・華実さん・彩雷琥珀さん・まおさんリク「IF風丸その後」でした。 大変、大変遅くなって何と言ったらいいのやら・・・。申し訳ありません!お付き合い報告は番外で書いたので、今回はちょっと強かな風丸さんに。でもこんな風丸さんも好きかもしれない。 リクありがとうございました! 2013.01.14 Back |