『Potresti sposare con me?』 |
休日の昼下がり、インターホンが来客を知らせた。 制服に身を包んだ宅配のお兄さんから荷物を受け取り、伝票にサインをして送り出す。 リビングに戻りがてら差出人を確認すれば、イタリアにいる恋人からだった。 フィディオ・アルデナ。 流暢な文字で綴られた名前を指で撫でる。 フィディオからこうして荷物が届くことは珍しくない。日本とイタリアという国を越えた遠距離恋愛をしているせいか、フィディオは何かにかこつけては頻繁にプレゼントを贈ってくれる。 綺麗な硝子細工のオルゴールだったり、フィディオの友人に依頼して作ってもらったカメオだったり、装飾品だったりとバリエーションは豊かだ。 平ぺったい、サラダ油の詰め合わせでも入っていそうな箱を置いてパソコンを立ち上げる。 昨日一昨日と帰りが遅く確認していなかったが、この贈り物についてフィディオからメールが届いているかもしれない。日本では何かイベントはなかったと思うけれど、イタリアでは記念日だっただろうか。 起動を待っていると、パソコンの横に置かれた写真立てが目に入る。中には先々月イタリアに行ったときにサンタマリア・デル・フォーレ大聖堂の前で撮った写真が収まっている。 花の聖母教会と呼ばれる、優雅な円蓋のゴシック様式の建築で、ステンドガラスもとても綺麗だった。 有名な観光地にイタリアの英雄であるフィディオと共に行けば、当然のことながら人に囲まれる。その容姿の良さから、特に女性に。 そして女性に優しいフィディオはそれを無碍には出来ず、あっという間に女性たちに埋もれてしまった。 仕方ないので一人で聖堂に入り、ダンテの肖像やらフレスコ画を堪能したわけだが、戻ってみれば仏頂面のフィディオがいて、機嫌を取るのに一苦労だった。 「俺を置いていくなんて、ゴンベは愛情が足りないよ」 口を尖らせたフィディオだったが、それも長く持たず、すぐに変な男に声を掛けられなかったかと心配し、わたしの体をぺたぺた触って無事を確認し始めたのを思いだし笑いが溢れる。 嫉妬しないわけじゃない。 でも寂しいと一言漏らしただけで、シーズン中にも関わらず日本へやってきて、ものの数時間でまたイタリアへトンボ帰りするフィディオに、愛されているという自信が持てるのだ。 思い出しているうちにパソコンも立ち上がったのでメールボックスを開くと、案の定フィディオからメールが一件届いていた。 『Potresti sposare con me?』 「イタリア語・・・?」 見慣れない単語で綴られた一文に首を傾げる。 日常会話ならなんとかこなせるようになったが、読み書きは実はまだまだ。どういう意図があってイタリア語で送ってきたのか解らないが、これはもしかしてイタリア語の勉強をしっかりしろということなのかもしれない。 とりあえず後で辞書を引くとして、包みを開けてしまおう。 腰を上げて箱の元に戻り、包装紙を剥がす。 つるんとした箱の表面からリボンを外し、蓋を上げた。 「え・・・・・・・っ!?」 箱の中にはレースの施された白い布。その上にちょこんと置かれているのは・・・ティアラだった。 灯りに反射し煌めくそれを、そっと手の上に置いて目線まで持ってくる。 草花が左へ流れるような、アシンメトリーなフォルム。花や葉、そしてフレームに使われている透明な石はビーズではない。せめてスワロフスキーであると信じたい。でなければ手が震えて落としてしまいそうだ。揃いのデザインのネックレスとイヤリングは別の袋に入れられていた。 そっとティアラをテーブルに置いて、ティアラの下になっていた布を手に取り膝の上で広げれば。 花柄のレースが周囲に施された、オフホワイトのベールだった。 「これって・・・そういう、こと・・・?」 そういうことだろう。いやでもそんな急に。しかも荷物だけとかそんなまさ・・・・・・、まさか。 ピーンポーン・・・ ベールを手に固まるわたしの耳に入った来客を告げる音に、まさかのまさかが現実になる予感がした。 「Ciao!ゴンベ・・・ってどうして閉めるんだ!?ゴンベ、ゴンベ!?」 玄関の扉を開けて真っ先に視界を埋め尽くした深紅に、無言で扉を閉めた。 いやいやいやいや、あれはない。ないない。 現実逃避してみるものの、扉を叩く音と呼びかける声に知らぬふりを決め込むには無理があった。なんといってもここは住宅街。 恐る恐る扉を開ければ、真っ赤な薔薇の花束を持ったフィディオが満面の笑顔で立っていた。 「久しぶりだねゴンベ!会いたかったよ」 うんわたしも会いたかったんだけどね、薔薇はいらない。 何これ何本あるの。百本の薔薇とかそんなんじゃないよね。 イケメンなイタリア男がどでかい薔薇の花束を持って訪問とか、目立つにも程がある。 現にもうすでに近所の人たちが出てきている。 「フィディオ、とりあえず早く家に入って」 差し出された花束を腕ごと引っ張って、玄関に入れて扉を閉める。ああでももう遅いんだろう。人垣の中に守のお母さんもいたし。 「来るならそう連絡してくれればいいのに。出掛けてたらどうするつもりだったの」 「ゴンベを驚かせたかったから、空港でメールを送ってそのまま飛行機に乗ったんだ。メールは読んでくれた?」 「読んだけど解らなくて。まだ訳してないの。ってそれよりフィディオ、あの荷物・・・っ」 「なら丁度良かったね。ああ、今届いたんだ。はいゴンベ、花束を受け取ってくれるかい?」 リビングに通しながら文句を言ってみるがフィディオはどこ吹く風で、改めて花束を差し出した。 ずいっと目の前に押し出され、条件反射で受け取ると意外にずっしりと重く、両手で抱え持つ。 わたしの両手が塞がったのを確認すると、フィディオはおもむろにティアラを手にしわたしの頭の上に乗せた。 「ゴンベ、これからの人生を、君と共に生きたい。俺の生涯のパートナーになってくれ。結婚しよう、ゴンベ。誰よりも君を愛しているよ」 膝をつき、指輪を差し出すフィディオ。 言っていることもやっていることも、普通だったら寒いだろうに、彼がすると様になっていた。 突然やってきて、こんなことをして。 少しだけ癪に触ったので、少しだけ意地悪なことを言ってみたくなった。 「・・・断ったら、どうする?」 「ゴンベが受け入れてくれるまで、何度だってプロポーズするだけさ」 ウインクするフィディオは笑顔で、断られるなんて露にも思っていないことが丸分かりだった。 「わたしを貴方のお嫁さんにしてください、って、イタリア語でなんて言うの?」 「・・・それは、俺がこれからじっくり教えてあげるよ」 近づく蒼い瞳に、目を閉じる。 このキスが終わったら、今度はイタリア語で返事をするとしよう。 ___ 無記名さんリク「IFフィディオでプロポーズ」でした。 イタリア男だしひたすらベタに、臭く、と念じながら書いた結果です。あの、すみませんでした! 企画へのご参加ありがとうございました! 2012.07.26 Back |