一周年記念企画 | ナノ
一目一目に込めた愛

一編み一編みに想いを込めて。あの人の為に編んだマフラー。包装紙に包みリボンでラッピングしたそれを、胸にぎゅっと抱く。

ああ、あの人は喜んでくれるだろうか。



いつもはない紙袋を机の横に掛けた豪炎寺の頬は紅潮していて、その目は寝不足なのか若干赤みを帯びていた。
昨晩ようやく完成した手編みのマフラー。あとはこれを渡すだけなのだが、それが一番の難関だった。

豪炎寺がずっと懸想している相手は、文武両道眉目秀麗な生徒たちの憧れの人、男前苗字おとこまえ。
彼女は老若男女問わず人気があるが、豪炎寺が悩んでいるのは別のことだった。


雷門中に転校し、校内で迷子になってしまった豪炎寺に声を掛けてくれたのがおとこまえだ。
同級生とは思えない大人びた雰囲気に、やや低めの落ち着いた声。そして目元を緩めた微笑に、豪炎寺は一瞬で恋に落ちた。

以来、話すきっかけを求めてお菓子を作ってきたり、タオルをプレゼントしようとするのだが、彼女を前にすると尻込みしてしまい、こっそり机やげた箱に入れるので精一杯。メモも名前も書いていない差し入れを、おとこまえはきちんと受け取ってくれる。
出来ることなら、直接渡して気持ちを伝えたい。だが、どうしても出来ないのだ。

おとこまえを視界に入れるだけで、まるで心臓が耳元へ移動してきたかのように鼓動が激しく鳴り響く。身体が熱を持ち頭がぼうっとして、目が潤む。滲む視界でおとこまえの顔を捉えれば、彼女の周りはきらきらと光輝いて見える。その目映い輝きに目がちかちかして、胸が痛み、そうこうしている内にタイミングを逃してしまうのだ。


「だが、今日こそは・・・」


絶対に、手渡ししてみせる!
一時限目の終わりを知らせるチャイムの音と同時に、豪炎寺は決意を新たにした。

終業の礼をするや否や、豪炎寺は紙袋を手に席を立った。
おとこまえの教室に向かう為に廊下に飛び出した豪炎寺だったが、急いで確認を怠っていたせいで人にぶつかってしまった。


「っ、すまない、大丈夫か」
「ああ・・・。なんだ、豪炎寺か。そんなに急いでどうしたんだ」
「鬼道」


豪炎寺自身は辛うじて踏みとどまったが、衝突した相手は廊下に尻餅をついた。
非は完全にこちらにある。謝罪した豪炎寺に答えたのは、チームメイトである鬼道だった。
手を掴み立つのを手伝う。埃を叩いた鬼道は、再度疑問を口にした。


「豪炎寺にしては珍しいな。円堂ならよくあることだが。何か急ぎの用事だったのか」
「あ、ああ、いや。大した用事じゃない」


嘘である。豪炎寺にとっては一世一代のことではあるが、それを口にすることは出来ず誤魔化すしかない。


「そうか。ああ、円堂は教室にいるだろうか。少し今日の部活で試したいことがあってな。豪炎寺も付き合ってくれないか。大した用事でないのならいいだろう」
「・・・・・・ああ、・・・解った」


大した用ではないと言ってしまった手前、断ることは出来なかった。


三時限目も四時限目も移動教室だった為、再びチャンスが巡ってきたのは昼休みになってしまった。
一緒に食べようという円堂の誘いを断り、豪炎寺は教室を出る。今度は人にぶつからないように気を付けながら、出来るだけ早く。

おとこまえはいつも生徒会室で昼食を取るらしい。生徒会室へと続く階段を一段飛ばしで上がっている時だった。
階段の踊り場で、豪炎寺もよく知る二人が話をしていた。

気にせず通り抜けようとした豪炎寺だったが、聞き捨てならない言葉に思わず足を止め、踊り場から隠れるように身を潜め耳を傾ける。


「吹雪くんは手編みのプレゼントってどう思う?」
「うーん、作ってくれた子には悪いけど、正直困るかな」


困る?困るって、何故だ。


「基山くんは?」
「オレも同じかな。手編みって、ちょっと重いよね」


手編みは重いのか!?


「そうだよね。特に親しくない人から貰っても困るっていうか、・・・気持ち悪い、かな」
「言うね、吹雪くん」


ははは、と笑いあう吹雪とヒロトの声が遠く聞こえる。

親しくもない奴からの手編みのマフラーは、困るし重いし、気持ち悪い・・・。
持っていた紙袋が、ずっしりと重くなった。



***




気づくと、豪炎寺は校舎裏にいた。
先程二人が話していた内容が頭にこびり付いて離れない。

包装紙を乱暴に破り、マフラーを広げる。
一編み一編み想いを込めて、何度も解き編みなおしたマフラー。もう、彼女に渡せる気がしなかった。


「こんなもの・・・っ」


ぐっと力を入れて裂けば、そこから一本の毛糸がするすると解けていく。ビーッと解けていくそれは、豪炎寺の心そのもののようで胸が痛かった。

視界が滲み、涙が溢れ落ちる。
頬を伝い落ちるはずだった涙は、ふいに目元に押しつけられたハンカチに吸い込まれた。


「大丈夫かい?」


きょとんとする豪炎寺を覗き込んだのは、恋い焦がれた人だった。


「え、」


至近距離に覗く彼女の顔に、涙も引っ込んだ。

あれだけ焦がれたおとこまえが、すぐ傍にいる。その事実に豪炎寺は固まった。
石のように動きを止めた豪炎寺の手元におとこまえの手が伸びる。


「これは、マフラーだね。せっかく上手に編めているのに、解くなんて勿体ないよ」


元の長さの半分程になってしまったマフラーの端を持って、編み目を撫でるおとこまえに、豪炎寺の意識が戻った。


「・・・貰ってもらえないんだ」


おとこまえの顔を見ることが出来ず、俯く。
すると、そんな豪炎寺の手からマフラーだったものがするりと抜かれた。

驚いて豪炎寺が顔を上げると、そこには穏やかな笑みを浮かべたおとこまえが、元マフラーを持ち口を開いた。


「なら、わたしにくれないかな」
「え・・・」
「こういう色合いのマフラー、欲しかったんだ」


似合うかな、と首元にマフラーを当て小首を傾げるおとこまえ。
きっとよく映えるだろうと思い選んだ紺に近い藍色の毛糸。それは豪炎寺が想像していた以上だった。

かああと顔が紅潮していくのが解る。

半分近く解いてしまい、もうマフラーの体を保てていないそれを、欲しいと言ってくれた。


「そんなので、いいのか?」


そんな、重いものを。


「これがいいんだ。ダメかな」


ダメなはずがない。これはおとこまえの為に編んだものなのだから。


「解いたところを編みなおしたら・・・、貰って欲しい」
「ありがとう。楽しみに待ってるよ」


勇気を振り絞り、真っ赤な顔でそう告げた豪炎寺に、おとこまえは心底嬉しそうに笑って答えた。







「ちょっとこれどういうことかな。鬼道くんの作戦全然ダメじゃないか!むしろ逆効果だよ!」
「くっ・・・、こんなのは計算していないぞ。まさか男前苗字がここに来るとは」
「今から邪魔しても、僕らの株が下がるだけだね・・・」


嬉しさから泣き出す豪炎寺を、失恋したのだと勘違いしているおとこまえが慰めるのを遠目に見ながら。
ぎりぎりとする三人の姿があったとか無かったとか。



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モノクルさんリク「豪炎寺で甘め」でした。大変お待たせしてしまい申し訳ありませんー!そしてこれが甘いのか・・・。豪炎寺さんを乙女にしすぎた気がします。
書き直し、返品受付けておりますので!ありがとうございました!


2012.05.09
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