また、 |
日本への凱旋帰国を明日に控えた日のことだった。 ライオコット島でのサッカーも仕納めだと言わんばかりに、今日も今日とてボールを追いかける守たちを微笑ましく見守っていれば。 突然旋風がグラウンドに巻き起こり、その風が止むと、そこには少年がいた。 「セイン!?」 守の言葉に、彼が守たちが言っていた天使の使徒とやらだと知る。聞いていた特徴からそうではないかと思っていたが、やはりそうだったらしい。 彼はイナズマジャパンがライオコット島にやってきた当日、空港で出会った白昼夢のような少年だ。 あの時は逆光で顔は見えなかったが、あのシルエットは間違いない。 「どうしたんだ、何かあったのか!?」 「・・・彼女を借りにきた」 「彼女?」 「少し話したいことがある。借りていく」 守と短い会話を交わしたセインは、わたしを見た。 迷いなく真っ直ぐにわたしに歩み寄ってきたセインがわたしの手首を掴む。途端、先程と同様の旋風が巻き起こった。さっきと違うのは、わたしとセインはその旋風の中心にいるということ。 とっさに目を瞑ると同時に足が地から離れた。 そして次の瞬間には風が止み、浮いていた足は柔らかい草を踏む。 恐る恐る目を開けば、そこには沢山の白い花が揺れる草原が広がっていた。 「ここは・・・」 「ここはマグニード山山頂、我々天使の使徒の領域だ。私はセイン」 「前に、空港で会ったのはセイン?」 「ああ。珍しい匂いを感じてな。あれからずっと気にかけていた」 「わたしもあなたにもう一度会いたいと思ってた」 セインが一歩踏み出すと、敷き詰められたように群集していた白い花が別れ、踏み場所を作るかのように避ける。 それが当然であるかのように、セインは気にする様子なくわたしの前までやってきた。 「君が良くない者の所に行ったのは知っていた。魔王の一件が片付き次第保護するつもりだったのだが」 わたしの足下を見れば、当然白い花を踏みつけてしまっている。これはこの場所は彼の領域であって、本来わたしがいる場所ではないことを表しているのかもしれない。 「円堂守に会い、彼らならば君を取り戻すだろうと思った。我らが彼らに道を示されたように」 みんなから聞いた話では、セインたち天使の使徒たちは守たちと戦い、考えを改めたのだという。セインたちもまた、みんなに救われたのかもしれない。わたしと同じように。 けれど、それならばどうしてわたしをここに連れてきたのか。 「どうしてわたしをここに?」 「話が聞きたかった。君には前世の記憶が残っている。そうだな」 「・・・・・・うん。わたしには生まれた時から、記憶がある」 もう隠すことでもなかった。 家族に言うつもりはない。知っているのは仲間たちだけでいい。けれどセインは、わたしが言わずとも既にそれを知っていたのだから、今更隠す必要もない。 「セインはどうしてそれを知っていたの」 訪ねれば、セインは匂いだと答えた。 「わたしは天使の使徒。魂を感知出来る。感覚的なものだからな、説明は難しいが」 どう説明したものかと難しい顔で思案を始めるセインを止める。 あの時は、わたしの前世に繋がる微かな糸のように思えてどうしても彼に会いたかった。 けれど今はもう、固執する理由はない。 「記憶を持ったまま生きるのは、辛かっただろう。この世界は君に優しかったか。この世界に生まれて幸せだったか」 わたしとセインの間を柔らかな風が吹き抜ける。 白い花弁がふわりと舞い上がるのと共に、仄かに甘い香りが鼻孔を擽った。 そっと目を閉じ考える。 ずっと考えていた。どうしてわたしにはこんな記憶があるのだろうと。記憶さえなければ、家族と擦れ違うことはなかったかもしれない。同年代である人たちとの間に壁を感じることもなかったかもしれない。突然何もかも奪われたあの絶望を知ることもなかった。 楽しかったことも確かにあった。けれど辛いことと楽しかったことは、辛いことの方が強く心に残るもの。 出会う人は優しい人が多かった。けれどその優しさが痛いときもあった。 けれど、わたしは。 「わたしは・・・わたしは今、幸せだよ」 それだけが全てでいいじゃないか。 「今が幸せか。そうだな、それで十分だ」 ふっと笑みを浮かべたセインの長い三つ編みが風に揺れた。 「私も円堂たちに教わったよ。過去に捕らわれるのではなく、今を生きろとな。不思議な男だな、円堂守は」 「本当に。無鉄砲で、がむしゃらで、ただサッカーが好きなだけなのにね」 いや、だからこそか。 守の言葉はいつだって嘘偽りがないから、真っ直ぐに胸に響くのだ。 顔を見合わせ笑いあうと、セインが手を差し伸べた。その手に手を重ねると、ゆっくりと歩き出す。 ライオコット島のシンボルでもあるマグニード山の山頂は聖域らしく、清涼な空気が流れていた。それなりの標高がるにも関わらず、寒くはなく風も穏やかだ。 手を繋いでいるせいか、わたしが一歩踏み出すとセインと同様に花たちが避けていく。 お互い会話はない。けれど不快には思わなかった。 穏やかな空気の中、眼下の島や海を横目に空中散歩をしていれば、セインの足が止まった。 「どうやら迎えがきたようだ。少し借りると言ったのに、堪え性のない奴らだ」 「迎えって、守たちがここに来たの?」 「もう少しで麓に到着するだろう。ここまでのようだ、下まで送ろう」 大量の花弁を巻き込んで、風が渦を巻く。 ぎゅっと目を瞑れば再びあの浮遊感が遅い、足が地に着いてから目を開ければ景色は一新していた。 「ここで待っていればすぐに来るだろう。・・・さらばだ」 「待って、セイン」 手を離すセインを呼び止めると、一度目を瞑り笑った。 「わたしはごんべ。名無しごんべ。・・・またね、セイン」 さようならではなくて、またね。 またいつか会えるように祈りを込めて言った。 「・・・ああ、そうだな。・・・また会おう、ごんべ」 その言葉と、白い花弁だけを残してセインは姿を消した。 後ろから聞こえる馴染みの声に、花弁を拾い上げて振り返る。 人と人との縁は、そんなに脆いものではない。わたしはそれを学んだ。 会いたいという意志さえあれば、きっとまた会える。 ___ 志保さんリク「セインと再会話」でした。 悪魔組を出せず申し訳ありません。どこかで出そうと思ったのですが、デスタが出るとなぜかギャグになってしまうため断念させていただきました。 セインとの再会はどこかで書きたいなと思っていたので、機会を頂けて良かったです。 企画へのご参加ありがとうございました! 2012.03.26 Back |