一周年記念企画 | ナノ
誰より愛して

高校を卒業してすぐ、明王と共に日本を出た。
今日は久しぶりに日本に戻り、喫茶店で叔母とお茶をしている。

わたしが日本を発って間もなく、叔母もあの家を出た。
相変わらずばりばり働いているようで、わたしという枷がなくなった分海外を行ったり来たりと慌ただしく過ごしているらしい。


「それで、今日は不動くん一緒じゃないの?」


ワッフルを切り分けていると、ふいに叔母に聞かれる。
今日はOBとして帝国サッカー部を見に行くのだと言っていたことを伝えると、叔母はつまらなそうな顔をした。
叔母は明王が大のお気に入りなのだ。主に、からかい対象として。
だから明王は逆に叔母が苦手だったりもする。嫌いなわけではなさそうだけれど、あれだけいじられれば苦手意識が芽生えても仕方がない。
苦笑していると、叔母があっと声を上げた。


「不動くんと言えば、あんたたち、結婚はしないわけ?」
「結婚・・・?ううーん、今のところ、そういう話出たことないけど」
「そうなの?つまらないわねー」


人の結婚を娯楽のように言わないでほしい。
相変わらずな叔母に肩を竦めた。




***


ホテルに戻ると、まだ戻っていないと思っていた明王がいた。戻ってきたばかりだったらしい。


「早かったね」
「おまえこそ。おばさんは?」
「ああ、なんかロスに行くんだって」
「はあ?」
「仕事だって。わたしの元気そうな顔見て安心したから、少し早いけどもう行くーって」
「何時の便か解るか」
「十七時半頃って言ってたけど・・・」


明王は腕時計を見ると、どうにか間に合うなと一人ごちて、ベッドに投げ出しっぱなしだったコートを羽織った。
不思議そうな顔をしているだろうわたしの手を取り、足早にホテルを出た明王はタクシーを捕まえて戸惑うわたしを強引に押し込む。


「空港まで。出来るだけ早く」


短く行き先を告げる明王。
叔母に会いに行くつもりなのは間違いないだろうが、一体何故。何か用があったとは聞いていないのに。


「ちょっと明王、どうしたの」
「ほら。やる」
「は・・・、って、ちょっとこれ、指輪じゃない。どういうこと?」


ぽいっと無造作に渡されたのは、間違いなく指輪だった。
腕はプラチナで、四つの爪の台座に鎮座しているのはブリリアントカットの恐らくダイアモンド。


「結婚指輪はおまえが好きなの選べよ」
「・・・プロポーズ、ってこと?」
「聞くな」


舌打ちをしてそっぽを向いた明王の耳は真っ赤だ。
箱にすら入っていなかったそれを、恐る恐る指に填めれば、吸いつくようにぴったりと収まる。


「どうして急に・・・」
「・・・おまえのおばさんに、最初に報告したかったんだよ。あの人はおまえにとっちゃ大事な家族なんだろ」


その言葉に目を丸くした。
叔母は、母と擦れ違ったわたしを無条件に受け入れてくれた人だ。年不相応なわたしを、それも個性でしょの一言で片づけて一笑した。
叔母のあっけらかんとした言葉の数々にどれだけ救われてきただろう。
両親も弟も勿論大切な家族だ。けれど、辛かったときに支えてくれた叔母は、わたしにとって特別で。


「・・・泣くんじゃねぇよ。俺が振られてるみたいだろ」


指輪の光る指を握りしめて俯くわたしを、ぶっきらぼうに抱き寄せた明王の腕の中。震える喉でありがとうと伝えると。明王はそっぽを向きながら、短く「おう」とだけ返した。




空港に着くやいなや、チェックカウンターを探し回る。
すぐに追いかけたから、恐らくまだチェックインしていないだろうと踏んでだ。電光掲示板を仰いだとき、喧噪の中に聞き覚えのある声を見つけた。


「ごんべに不動くんじゃない、どうしたの。見送り?」


大きなスーツケースを片手に、叔母が首を傾げていた。
有り難い偶然に、慌てて駆け寄れば。

ふいに明王が前に進み出て、すいっと頭を下げた。


「ごんべさんを俺に下さい」


前置きなくそんなことを言い出すものだから驚いて明王を見るわたしとは対照的に、叔母は普段あまり見せない真剣な表情を浮かべた。


「それは、結婚したいってことかしら」
「はい」
「この子は面倒な子よ。私には言わないけれど、何かを抱え込んでることは知っているわ。不動くんはそれを知っているんでしょう。それでもなお、この子の全てを受け入れる覚悟はあるの」
「叔母さん、知ってたの・・・?」


当然のことのように言われた言葉に息を飲む。
いや、当然のこのようではなく、当たり前だ。わたしは同年代の子たちと明らかに違っていただろう。一緒に暮らしていて、気づかないはずがない。気づかないふりをしたまま、ずっと見守ってくれていたのだ。


「ずっと一緒に暮らしてきた姪のことくらい解らないはずがないじゃないの。それで不動くん、どうなの」
「・・・こいつのことを知ってるのは俺だけじゃねえ。・・・俺よりも、ごんべのことを必要としてて、大事に思っている奴もいるかもしれない。けど、俺にとっての女はこいつだけです」

はっきりと告げた明王を、叔母の鋭い目が射ぬく。
明王はそれを正面から受け止め、再度頭を下げた。


「お願いします。俺にごんべをください」


明王の後頭部を無言で見下ろした叔母。
思わず息を飲むわたしの横を、出張帰りなのか疲れたサラリーマンが不思議そうな顔で通り過ぎる。

緊張の高まった場を緩めたのは、叔母の言葉だった。


「あなたたちちょっと待ってなさい。チケットキャンセルしてくるから」
「それじゃあ・・・」
「お祝いしなきゃね。大切な姪っこが幸せ掴んだんだから」


片目を瞑りウインクを飛ばした叔母は、踊るように軽快な足取りでカウンターへ向かった。
ほっとしたように顔を上げた明王に寄り添う。


「明王・・・」
「・・・なんだよ」
「わたし、ちゃんとしたプロポーズの言葉貰ってないんだけど」
「はあ!?んなこと改めて言えっかよ。必要ねえだろ」
「じゃあ、訂正して」
「訂正?」
「明王よりも、わたしのこと大事に思ってる人がいるって言葉」


多くの人たちが行き交う中、喧噪にかき消されてしないように向き合う。


「他の誰よりも、私のことを大事にして。好きでいて」


明王は面食らったような表情を浮かべた後、仕方ないなというように目を細める。


「・・・ああ」

ヒールを履いているから背伸びはほんの少しでいい。それだけで、同じく少しだけ背中を丸めた明王の唇とぴったり合わさった。

ーーーカシャッ


フラッシュの後そんな音がすぐ近くから聞こえて慌てて離れると、そこにはにやにやと締まりのない顔で携帯をいじる叔母の姿が。


「叔母さん今もしかして、撮ったんじゃ」
「ばっちり撮ったわよ」
「・・・まさかとは思いますけど、それ送ったりなんか」
「してるに決まってるじゃないの。みんなすーぐ集まるわよー」


やっぱりお祝いの席は賑やかでないとね、と言いつつも面白がっているのが隠せていない。

叔母の言葉の通り、日本にいる一郎太を始め、海外を拠点にしているはずの鬼道くんたちも超次元な移動速度をもってして集合し。
明王が些か激しい祝福を貰うのを、秋たちに抱きしめられながら見ることとなった。



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祐紀子さんリク「IF明王でプロポーズとその後の愉快な仲間たち」とアマネさんリク「10年後不動で甘夢」でした。甘く、甘くと念じながら書きましたが、少しは甘くなっているでしょうか、自信がないです。そしてその後の愉快な仲間たちがほんの少しですみませんでした!
企画へのご参加ありがとうございました!


2012.03.26
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