一秒で落ちた恋 |
祝日、わたしは部室を前に隣立つ人にもう一度確認を取る為に顔を上げた。 「本当に、挨拶するの・・・?」 祝日であっても、サッカー馬鹿が勢揃いの雷門サッカー部は部活がある。普段授業には遅刻癖がある部員たちも、ことサッカーに関しては決められた時間よりも早く来るものが殆どで、この時間であればほぼ全員揃っていることだろう。 「当然だ。でなければここまで来た意味がないだろう」 何を言い出すのだ、と言う砂木沼くんには一点の迷いもない。 行くぞと促されるまま、重い足を引きずるようにして部室を開けた。 「お。ごんべ遅かったな・・・って、砂木沼じゃないか!久しぶりだな、どうしたんだよ!」 サッカーボールを頭に乗せてバランスを取っていた守がいち早く砂木沼くんに気づき声を掛けると、タイヤの上やらホワイトボードの前やら思い思いの場所で談笑していたみんながこちらに注目する。 「久しぶりだな、円堂守。そして雷門サッカー部」 リュウジくんや基山くんは頻繁に稲妻町を訪ねてくるものの、砂木沼くんがサッカーの試合以外で足を運ぶのは珍しい。 守を筆頭にわらわらと部員たちが集まってきた。 「珍しいな。まあ座れよ」 「ああ」 一郎太に促され砂木沼くんが椅子に腰を落ち着ける。 わたしは部室に設置している浄水器から砂木沼くんとわたしの分を紙コップに注いだ。 これからの展開を考えると、喉を湿らせたくなることは間違いないので事前準備だ。 「それで、今日はどうしたんだ砂木沼。何かあったのか」 「うむ。今日は報告があってな。名無し」 砂木沼くんの対面に座る鬼道くんが再度問いかけると、砂木沼くんは頷いてわたしを呼んだ。 砂木沼くんの前に紙コップを置き隣に腰掛けて自分の分も目の前に置く。 さて、どう切り出したものか。と思案を始めた矢先だった。 「此度、ここにいる名無しと正式に交際を始めることとなったために、その報告に来た」 前置きも何もなくいきなり本題ですか。 いや砂木沼くんはこういう人だ、仕方がない。 けれど突然突拍子もないことを言われた彼らはぽかんとしている。 あの鬼道くんでさえ間抜けに口を半開きにさせているのだ。 「砂木沼くん・・・」 そんなことを急に言われても、驚かれるに決まっている。 もっと順序立てて言わなければ、という意味で名を呼べば、砂木沼くんは心得ているといった体で頷いた。 「勿論、結婚を前提としてだ」 「うん、違う、砂木沼くん違うから」 「何が違うというのだ。私はそう申し込み、名無しもそれに是と返したであろう」 「うんまあそうなんだけどね、今この場で言う必要はないと思うの」 正直、「結婚を前提に交際を申し込む」と言われた時はわたしもぽかんとした。今時こんな古典的な告白が存在していいのかというのと、それまでそんな素振りを見せたことがなかった砂木沼くんの突然の告白に驚いてしまって、半ば呆然と「え、あ、はい」と答えてしまった。 けれどその直後、頬を色づかせ、嬉しそうに目元を緩ませ「そうか、よかった。・・・ありがとう」と微かに微笑んだ砂木沼くんに胸が跳ね上がったのはつい昨日のこと。 そう、昨日の今日なのだ。 固まる部員たちの中、いち早く回復したのは秋だった。 「ごんべちゃん、本当なの。本当に砂木沼くんと、その、付き合ってるの?」 「ごんべ先輩たち、接点があったんですか。いつの間にそんな・・・」 春奈ちゃんが首を傾げるのも当然だ。わたしも驚いた。 「砂木沼くんとはFFIの後から何度か会ってたの。大体瞳子監督やリュウジくんも交えてで、練習方法の話がほとんどだったんだけど」 「わ、わたしは何も聞いていないわよっ?」 「夏未だけじゃなくて、誰にもまだ言ってなかったの。ごめんね。昨日の今日だったから・・・」 「昨日!?」 それまで固まっていた一郎太が、くわっと目を見開いて声を上げた。 「昨日の今日で、結婚だと?オレは認めないぞ。大体砂木沼。おまえがごんべの何を知ってるんだ!」 まるで父親の台詞だ。 一郎太はビシィッと人差し指を砂木沼くんに突きつける。 「おまえたちは幼なじみだと耳にしている。付き合いの長さでは到底適わないだろうな」 「当たり前だ!ほら円堂、おまえも何か言ってやれ!」 「え、え、え。オレなんかよく解んねーんだけど」 「ごんべが砂木沼に取られてもいいのか!」 「そ、それは嫌だ!」 守がよく解らないままに一郎太の勢いに流された。 わたしの幼なじみ二人を前に、砂木沼くんは動じることなく淡々と続ける。 「だが、名無しがこの雷門サッカー部を大切に思っているのは知っている。おまえたちを大事に思う、その強い意志に私は惹かれた」 「な・・・っ」 「諸君らは名無しにとっての恩人だと聞く。そして円堂守と風丸、おまえたちは幼なじみであり特別なのだと。だからこそ、おまえたちに一番最初に報告をしたかった」 「砂木沼・・・」 「だ、だからと言って結婚なんて気が早すぎるだろう!オレは認めないぞ!」 「何故だ。おまえたちにとっても名無しは大切な存在だろう。その位の覚悟がなくては交際する資格はなかろう」 ついに一郎太も押し黙った。 とてつもない殺し文句である。恥じらう素振りもなく、さも当然というように言い切った砂木沼くんに、聞いているこちらの方が恥ずかしくなる。水を口に含んで火照りを冷まそうとするが焼け石に水だ。 「砂木沼・・・本気なんだな」 黙ってしまった一郎太に代わり、守が確認する。 あれだけ恋愛方面に疎かった守がこんなやりとりをしているのは何だか違和感があるな、なんて他事を考えて現実逃避してみる。 幼なじみと、昨日出来たばかりの彼氏が会話しているというのは恥ずかしいなんてレベルではない。 「そうだ。円堂、風丸。そして雷門サッカー部の諸君。名無しと私の交際を認めてほしい」 席を立ち頭を下げた砂木沼くんに、俯いていた一郎太が勢いよく顔を上げた。 「絶対に、ごんべを大切にすると約束してくれ。砂木沼!」 「ああ、約束しよう」 「名無しを・・・幸せにしてやってくれ」 「砂木沼がごんべを不幸にするようであれば、オレたちが奪っていくぞ」 「豪炎寺、鬼道・・・。承知した」 「ごんべを頼むぜ!砂木沼!」 「うむ。勿論だ!」 感動的な展開とばかりにマネージャーや部員たちが涙を拭い出す中。 次から次へと沸き上がる突っ込みの言葉を、水を流し込むことでぐっと飲み込んだ。 「いや・・・おまえら何か、違うんじゃねぇか・・・?」 一人メロドラマに着いていけない染岡の突っ込みは、盛り上がっている彼らには届かず虚しく消えていく。 「名無しも当事者なのに何でんな他人事みたいな顔してんだよっ」 「だって砂木沼くん、守とは別方向に天然だもの。突っ込んだら負けだよ染岡」 悟ったように言えば、染岡は哀れなものを見る目で「おまえも苦労してんだな・・・」と言った。 染岡にだけは言われたくないという言葉も、ぐっと飲み込んでおいた。 突然の告白で流されるように受け入れてしまったわけだけれど、一夜経った今でも後悔がないのならば。 この選択は、間違ってはいないのだろう。 ___ 秋人さんリク「IFで恋人になったのが砂木沼さんでびっくりする片思い組」でした。 砂木沼さん好きです、本当です。格好いい砂木沼さんが好きなんです。 でも私の中の砂木沼さんはこんな感じです。円堂さんとはちょっと違った天然さん。 格好いい砂木沼さんでなくて申し訳ありません!企画への参加ありがとうございました! 2012.03.22 Back |