吹雪家サンド |
「ままー」 もうじき四歳になる息子が、てててっと走りながらわたしのお腹めがけて飛び込んでくる。 もう慣れた行動にしっかり受け止めてやれば、くふくふと満足げに笑って顔を擦り付けてきた。 「手洗ってきた?」 「うん!きれー?」 ぱっと両手を広げる息子、静也を良くできましたと褒めてやり、抱えるようにして一緒に炬燵に入る。 三月に入ったというのに今年は寒さが厳しく、炬燵を終えるのはいつになることやら。 籠に盛られたみかんに手を伸ばす静也は、どこからどう見ても父親似だ。 色素の薄い、癖が強い髪。太めの眉に、垂れ下がった目。 ・・・わたしの遺伝子はどこにいったのか。 「まま、あーん」 白い筋だらけのみかんの房を、小さな指でわたしの口元に運ぶ静也。 その甘い笑顔もまた父親譲りだと思いつつ口を開け咀嚼すると、寝室へ繋がるドアが開いた。 「二人とも暖かそうだね」 「電話終わったの。染岡、元気だった?」 「うん、元気そうだったよ。今度日本に帰ってくるって」 電話を終え戻ってきた静也の父親・・・士郎くんは、あー寒かった、と言って炬燵に近寄る。 「静也、ママに抱っこされてていいね、暖かそうだ」 「ままぽかぽかー!」 「じゃあ僕はママを抱っこしちゃおう」 わたしの後ろに回った士郎くんは、えーいと覆い被さるように股を開いて座った。 腕はわたしのお腹に回され、顎を肩に置かれがっちりホールド。士郎くんと士郎くんそっくりな静也にサンドイッチされてしまった。 「はー。本当ごんべ暖かい」 ごろごろと喉を鳴らしそうな程ご機嫌な士郎くんだったが、わたしの膝の上のミニ士郎くんは逆にご機嫌斜めになってしまったらしい。 もぞもぞと体勢を変えた静也は、わたしと静也の間に差し込まれた士郎くんの腕を、ぺしっと叩いた。 「いまぼくとぬくぬくしてるから、ぱぱはめっ!」 ・・・うちの子、本当に可愛い。 よくこんな愛らしい子に育ったものだと思うが、困ったことに背後にいる父親はわたしに対しての独占欲が飛び抜けてしまっていた。 「ママは僕の奥さんだから、いいの」 「ままはぼくの!おおきくなったらけっこんするの!」」 「静也は僕らの子供だからだーめ。ごんべは僕の奥さん」 「士郎くん、子供相手に大人げない・・・」 「だってこれだけは譲れないからね」 士郎くんは昔から、母として姉としてそして恋人として慕ってくれた。だからついわたしも甘やかしてきたのだけれど、まさかこんな形で弊害が現れるとは思ってもみなかった。 士郎くんも静也を可愛がっているし、並々ならぬ愛情を注いでいる。一度家族を失っている士郎くんに妊娠を告げたときの涙を、今でも覚えている。初めて静也を震える手で抱き上げた後の涙は、忘れることはないだろう。 ありがとう、ありがとう。 ただそれだけを繰り返して、大粒の涙を溢した士郎くんの静也を見る目は、かけがえのない宝物を見る目だった。 「まま!ままはぼくのほうがすきだよね?」 「僕に決まってるじゃないか」 それなのにどうしてこの事に関してはこうも大人げないのか。 育児中もそうだった。 育児には協力的で、授乳期間は食べ物のことまで気遣ってくれたのだけれど、静也が寝付くとすぐに背後霊よろしくくっついて回っていた。それでも譲歩していたのだろうけれど。 士郎くんは、過去の経験から人が離れていくのを極端に怖がる。 仕方ないことだと理解していても、子供に掛かりきりになるわたしに寂しさを募らせていたらしい。 それを知っているからこそあまり叱れないから困ったものだ。 「ねえままどっちなの?ぼくだよね!」 そしてこの手の質問は困る。とても困る。 「どっちも好きだよ」 こう返すしかないだろう。静也の方が好きだよ、と言うべきなのかもしれないが。 だが毎回毎回同じ質問に対し同じ返答をしていたためか、静也はそれで納得しなかった。 「ままいっつもそういう!ねぇ、どっちなの!?」 ぐずるように体を揺すり始めた。 「こら、静也。痛いからやめなさい」 「やーだー!ぼくだよね!?」 「っ、静也・・・っ」 膝の上で立ち上がって地団太を踏みだした静也。 まだ幼いとはいえ、体重はそれなりにある。痛みに顔を顰めれば、後ろから回った手が静也を抱き上げた。 「静也。ママ痛がってるよ」 「だって、だって・・・」 ぶわっと涙を浮かべる静也を抱いて、士郎くんは静かに語りかけ始める。 「静也は、ママが好き?」 「うん」 「僕もね、好きなんだ。僕はひとりぼっちだったけど、ママが家族になってくれた」 「ぱぱひとりぼっちだったの?」 「そう思ってたんだよ。だけどね、ママとパパは別々だろう?だから、パパの半分と、ママの半分がくっついて、静也になったんだよ」 「はんぶんこ・・・」 「静也が僕たちを家族にしてくれたんだよ」 穏やかに語りかける士郎くんに、静也の涙も引っ込んだ。 「僕はごんべのことが大好きだ。でも静也のことも大好きなんだよ」 「・・・ぼくも、ぱぱすきだよ」 「うん。ありがとう」 よく似た顔がよく似た笑顔を浮かべる。 士郎くんが何かを耳打ちしてから静也を降ろすと、静也がぎゅっとわたしに抱きつき、それに続くように士郎くんも反対側から抱きついてきた。 「ままはひとりだから、ぱぱといっしょにぎゅーするの!」 「ごんべを挟んで、吹雪家サンドだ」 きっと、静也が生まれなかったら。結婚して共に過ごしていても、士郎くんは心の隅っこで小さな孤独を抱えたままでいただろう。 本人が言ったようにわたしと士郎くんに血の繋がりはない。互いの想いと、紙切れの署名だけがわたしたちを家族にしていた。 だからこそ、子は鎹というのだろう。 「じゃあわたしも二人をぎゅー」 炬燵から離れても、こうして家族三人でいれば暖かい。 ___ ヨルさんリク「IF吹雪で子供がいたら」ひぐまさんリク「甘える吹雪」でした。 3/13はサンドイッチの日ということで、吹雪サンドです。子供の名前は相変わらず適当なので、希望があれば変換機能つけます。 甘いのかシリアスなのか中途半端になってしまいましたが、吹雪くんには幸せな家庭を築いてほしいです。 企画へのご参加ありがとうございました! 2012.03.13 Back |