一周年記念企画 | ナノ
奥様たちのティータイム


「ごめんなさいね、泊めてもらって・・・」
「気にしないで。久しぶりだし、一郎太も楽しそうだったから」


隣室でぐーすか寝ている互いの旦那を放置して、夏未と二人でお茶の時間。
昨晩新居に遊びに来てくれた円堂夫妻だったが、守と一郎太が酔いつぶれてしまったためそのまま泊まらせた。申し訳なさそうにする夏未の前にソーサーとカップを置きながら笑えば、確かに円堂くんも楽しそうだったわ、と目元を和ませた。


「あら、このカップ。使ってくれてるのね」
「お客様用なの。まさかこんな高級品を送ってくるとは思わなくて、驚いたけど」
「ごんべさん以前ジノリが好きだと言っていなかったかしら」
「見るのはね。使うとなると、割らないか心配で」
「カップなんていずれは割れるものなんだから気にしなくていいのに」
「夏未って、そういうところお嬢様だよね」


円堂夫妻から贈られてきたアンティックローズのティーセット。
縁と持ち手は鮮やかなローズ色のデンデル模様で装飾され、白磁に散らされた薔薇が綺麗な一品だ。

アンティコシェイプの中でもこれを選んだのは夏未だろう。少なくとも守にそんなセンスはない。

箱の時点で驚いたけれど、開けてもっと驚いたのは記憶に新しい。
食器に明るくはない一郎太でも高級なものだと解ったらしく、しばらく二人でおろおろしたものだ。


「それで、どうなの。新生活は」
「あまり変わらないかなって思ってたけど、結構新鮮な感じ。一郎太もそうみたいで、時々挙動不審になるのがおかしくて」
「貴女たち、結婚まで同棲しなかったものね」
「元々ご近所だし、合宿中も同じ宿舎だったから必要がなくて」
「幼なじみというのも考え物ということかしら」
「でも前と変わらず大事にしてくれてるのは変わらないから」


幼少時からの付き合いだったから、結婚してもそう代わりはないと思っていたけれど。よくよく考えれば同棲期間はなかったから、四六時中二人でいるというのは始めてで、少し気恥ずかしい。

ただいま、おかえり。
それを口にする度に何とも言えない気恥ずかしさが襲ってくるのだ。

一郎太なんて、わたしが玄関で迎え入れる度に顔を赤くして視線をさまよわせた後、恥ずかしそうにはにかんで「ただいま、ごんべ」と言う。
そんな表情と声色をされるとこちらまで恥ずかしくなって顔だけではなく全身が火照ってしまうのだ。


「あら。顔が赤いわよごんべさん」
「そういう夏未のところはどうなの。守鈍いから、大変じゃない?」
「それが円堂くんだもの、仕方ないわ。ごんべさんたちではないけれど、優しいのは変わらないから」


頬をカップの縁と同じ色に染めた夏未は幸せそうで、思わず口元を緩める。


「呼び方変えないの?夏未も円堂なんだから、名前で呼べばいいのに」
「・・・今更で、恥ずかしいのよ。それよりごんべさんはどうなの。わたしのことじゃなくて貴女たちのことを聞いてるのに」
「わたしたちは元々呼び捨てだもの」


笑うわたしをじとっと睨みつける夏未だが、顔全体が上気しているので全然怖くはなかった。
でもこれ以上からかえば臍を曲げてしまうだろうから、お茶受けに作ったお菓子を差し出す。


「ごめんごめん。これ昨日のお昼に作ったの。夕食のデザートに出そうと思ってたけどその前に潰れちゃったから、出しそびれて」
「フロランタンね。色も綺麗なキャラメル色・・・。これ、難しいんじゃなくて?」
「一郎太が好きでね、よく作るの」


ローストした香ばしいアーモンドスライスの乗ったフロランタンは、昔から変わらない一郎太の大好物。
これを作ると、いつもは控えめな一郎太が守に食って掛かるほどだ。


「そうなの。・・・ねえごんべさん、その・・・円堂くんの好きなお菓子、教えて頂けないかしら」


好きな人の為に苦手な料理を頑張っている夏未の申し出に、思わず固まる。
夏未の料理の手際は、かつてと比べれば格段に上達した。学生時代、不動くんや虎丸くん、源田くんと共に何度もお料理教室を開いた成果だ。
だがそのレッスン中に判明したことがある。

舌には味蕾という味を感じる小さな器官がある。そこで甘味、酸味、塩味、苦味、うま味の五つの味を感じる。
辛いものが苦手な人がいれば、甘いものが苦手な人もいるように、各味に対しての許容は人それぞれだ。
そして夏未はその許容量が人並みを外れているらしい。まあ、味覚音痴とも言える。
さらに行動力のある夏未は、思い立ったら即行動に移すところがある。これをいれたらいいんじゃないかしら、と閃けば、躊躇いなくそれを投入してしまう。
結果、常人の舌には耐えられない料理が出来上がる。

本人にも幾度となく注意はしたものの、舌が鈍いのはどうしようもなかった。


「そう、ね。ドーナツなんかどう?油跳ねに気を付ければ簡単に出来るし、市販のホットケーキミックスでも出来るから」


お料理教室の仲間たちと出した結論は、食べる側・・・守の胃袋を強くするしかないだった。つまりは匙を投げたわけで。
さすがに申し訳ないとは思っているので、こうして教えを請われたときには出来るだけ被害が出ないような助言をするようにしている。


「円堂くん、喜んでくれるかしら」
「勿論。夏未の作ったものなら何でも喜ぶに決まってるでしょ」
「もう、ごんべさんったら。それは風丸くんもそうなんでしょう?」
「まあね」


何を作っても、一郎太はいつだって美味しいと言って食べてくれる。
作りすぎてしまった時でも、勿体ないだろうと言って全てお腹に収めてくれるのだ。

食事の度に嬉しそうな表情を浮かべる一郎太を見ると、もっと美味しいものを作ろうと思える。


「あらあら、ごちそうさま」
「夏未こそ」


顔を付き合わせて二人して吹き出す。

フロランタンを摘みながら、カップを傾ける。こんなのんびりとした時間もなかなかいいものだ。




***


「・・・ホットケーキミックス以外に、追加されないといいな円堂」
「言うな風丸・・・。ただえさえ二日酔いで気持ち悪いんだからさ」
「雷門の作ったものは何でも美味いんだろう」
「一生懸命作ってくれてるからな」
「ああ、そうだな。俺もごんべの作ってくれたものなら何でも好きなんだ。フロランタンだけじゃなくな」
「・・・なんだろう。俺、風丸のこと殴りたいと思ったの初めてだ」


妻たちが会話に花を咲かせる隣の部屋で、ぐでーっと寝そべったままの夫たちの会話は余談である。



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和那さんリク「IF風丸で幼なじみ主と夏未の夫対談とそれを聞いている夫たち」でした!
食器もお菓子も私の趣味ですすみません。有り難いお言葉の数々、そして素敵なリクをありがとうございました!


2012.03.06
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