一周年記念企画 | ナノ
十年越しの

身を屈めてやや下から上目遣いで覗く紅の瞳。
至近距離からわたしを映し出すそれに、どうしてこうなったのかと羞恥に意識を飛ばしたくなった。


帝国戦を終え、総太たちが正式に雷門サッカー部に入部したと守から報告を受けた。
だから差し入れを持って練習を見に来ただけなのに、どうして鬼道くんに迫られているのか。
というかなぜ鬼道くんが雷門にいるのか、まずそこから疑問だ。


「雷門のコーチになったのでな。俺がここにいてもおかしくはないだろう。それにしても、久しぶりだなごんべ」


わたしの髪を手に取り、それに唇を寄せながら鬼道くんは妖艶に微笑んだ。
鬼道くんの目を覆っていたサングラスはスーツのポケットに入れられ、遮るもののない真っ直ぐな視線。
それをこうも間近に向けられれば、どうしたって顔に熱が上るというものだ。

十年前からは考えられない立派なサッカー棟のミーティングルーム。その壁際に追いやられ、鬼道くんの片手はわたしの髪に、もう一方は壁に付いて退路を断っていた。


「ああうん久しぶり鬼道くん、で、もう少し離れてもらえない、かな」
「久しぶりに会ったからな。もっと近くで見たいくらいだ」


これ以上近づかれたら肌がくっつきますが。
現に今ですら焦点が上手く合わせられないというのに。まぁ、気恥ずかしさからわざと目を逸らしているのだけれど。
鬼道くんの肩越しには、顔を赤くした子供たちが。


「鬼道くん、子供たちが凄い見てるから、ね?」
「それは二人きりになりたいという意思表示か」
「違っ」
「二軍用の更衣室なら空いているし鍵もかかるわ、兄さん」
「春奈ちゃん!?」


積極的だな、と声を低くして囁く鬼道くんにすぐさま否定しようとするが、それよりも早く春奈ちゃんが助け船を出した。わたしにではなく、鬼道くんに。


「だって、もう十年ですよ?わたしずっとごんべさんをお姉ちゃんって呼びたくて我慢してたんです」
「姉さんはオレの姉さんだあああああ!」


春奈ちゃんの言葉に、弟が吠える。
そういえば常であれば真っ先に飛んできて、鬼道くんを蹴り飛ばす総太はどうしたのだろうと声のする方を向けば。暴れる総太をその幼なじみが押さえ込んでいた。力でならば総太の方が上だろうが、護身術の心得がある彼女に関節を決められ苦戦している。


「春奈さん、例のものよろしくお願いしますね」
「ええ勿論。しっかし押さえててね」


いい笑顔の春奈ちゃんの様子から見るに、買収したらしい。
援軍は期待出来ず、春奈ちゃんまで敵に回ってしまった。

だらだらと汗を流しまごつくわたしに、鬼道くんがふいに笑みをこぼした。


「そんな顔をするな。何も捕って喰ったりはしないさ」
「鬼道くん・・・」
「子供には刺激が強いからな」


一瞬気を許しそうになってしまった。
にやりと笑った鬼道くんに言葉を失う。それでは子供のいないところではその刺激の強いことをしてやろうと言っているも同然だ。
見るからに免疫の無さそうな中学生数人がいっそ可哀想な程狼狽している。総太に至っては憤死しそうな形相だ。

楽しそうにわたしの髪に指を巻き付けて喉の奥でくつくつ笑う鬼道くんを止めたのは、守だった。


「鬼道、そこまでにしとけ」
「何だ邪魔をするのか円堂。お前には雷門がいるだろう」
「大事な幼なじみが困っていたら助けるのは当然だろ」
「ほう。ごんべ、俺にこうされるのは、嫌か」
「そこでわたしに振るの・・・」
「他ならぬおまえのことだ。もう一度聞こう。俺にこうして触れられるのは、嫌か」


くいっとわたしの顎を持ち上げた鬼道くん。彼は知っているのだ、わたしが嫌ではないということを。
だからこそこれは問いかけではなく、確認だ。

鬼道くんの想いを知って、長い時間が過ぎた。
ぐいぐいと押してくる鬼道くんにペースは乱され、それからのらりくらりと逃れているうちに、引っ込みが付かなくなってしまった。

好きだ。けれどそれを言葉に出来ないまま、ずるずるとこの関係を続けてきた。
そのことを鬼道くんは知っている。だからこそここまで積極的に押すのだろう。

そして、待っているのだ。わたしの口からその言葉が出てくるのを。

だからといって、弟もいるこの衆人環視の中言えるはずがない。

けれどもうお互いいい年だし、覚悟を決める頃だろう。


「・・・守」


呼びかけてアイコンタクトを取れば、守は苦笑して頷いた。あの鈍かった守がこんな芸当が出来るようになる程には時間が経ったのだと思うと、感慨深いものがある。


「よーしおまえら、練習始めるぞ!グラウンドに出ろ!」


柏手を叩いて子供たちを追い立てた守は、総太の襟首を掴むと最後に出ていった。
意味ありげな視線を寄越して。


誰もいなくなり途端に静まり返ったミーティングルームで、鬼道くんがようやく離れる。


「それで、いい加減答えを貰えるんだな。ごんべ」


先程までの悪戯な笑みを消し、優しく微笑んだ鬼道くん。
さあ、どんな言葉で伝えようか。



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鷽月さんリク「イナゴで鬼道にペースを乱される主人公で甘々」でした。ぎりぎりする他のメンツが入れられませんでしたすみません・・・!でもこの後盛大にぎりぎりしているはずです!
企画への参加ありがとうございました!


2012.02.28
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