深夜の邂逅 |
佐久間は夜中に目を覚ました。 しばらくベッドの中で寝返りを打っていたが、今日のチームKとの試合のせいかどうにも気分が高ぶってしまい、なかなか訪れない眠気に諦めて体を起こした。 寝間着のTシャツの上に薄手のパーカーを羽織り、部屋を出る。キッチンでお茶でも飲んで落ち着こう。 深夜の宿舎は静まり返り、誰も起きていないと思っていたのに下には煌々と電気がついていた。 「名無し・・・?」 ノートパソコンを食い入るように見つめ、時折手元のノートに何やら書き込んでいたごんべは佐久間に気づいてイヤホンを外した。 「どうしたの佐久間くん、こんな時間に。寝れない?」 「こんな時間はお互い様だろう。少し目が覚めてな」 「何か飲む?おかわりのついでに入れてくるけど」 「ああ、悪いな。頼むよ」 マグカップを手にとって立ち上がったごんべに促され、彼女が座っていた正面に腰を下ろす。 やかんを火にかける音を聞きながら、開かれたままのノートを覗く。 背番号と線で描かれているのはフォーメーションで、振られている番号はボールが渡った経路だろう。 「今日のジ・エンパイア戦の映像観てたの。チームKのもあるよ」 「終わった試合の分析をしてたのか?」 「イナズマジャパンは一試合ごとに急成長していくから、その度に練習メニューの調整が必要になるの。それに、ジ・エンパイア戦のデータはミスターK・・・影山さんも持ってるし、佐久間くんたちのデータも実際に見て知られているからね。それの対策も考えないと」 ミスターK・・・いや、影山零治。かつて佐久間たちが総帥と仰ぎ、師事していた人物。 ライオコット島でのまさかの再会は、佐久間にも少なからず衝撃を与えた。 しかしそれも鬼道程ではないだろうし、収穫もあった。・・・不動のことだ。 日本代表に追加召集された佐久間は、不動とどう接していいのか解らなかった。予選決勝では鬼道と合体技を出した不動ではあったが、佐久間は不動を信用することが出来ないでいた。 けれど今日のチームKとの試合で、不動に対する見方が変わった。 皇帝ペンギン三号を出した時、不動のサッカーに対する姿勢だとかが伝わってきた気がした。あの瞬間、佐久間と鬼道、そして不動は確かに繋がった。 「名無しは、色々なことをよく見ているんだな。不動のことだってそうだ」 お湯が沸くのを待っているごんべを見る。 スタジアムへ向かうフェリーを待っているとき、不動のことを知っていたのかと聞いたら、不動のことを解りやすいのだと表したごんべ。 「それしか出来ないからね」 苦笑をこぼすごんべだが、凄いことだと思う。少なくとも佐久間は気づけなかった。 シュンシュンと沸騰を知らせるやかんにコンロの火を消し、かちゃかちゃとカップやらビンやらが音を立てる。 ふんわりと甘い匂いと共に、マグカップが佐久間の前に置かれた。 すん、と鼻を鳴らすと、甘酸っぱい香り。 「ホットレモネード、蜂蜜入り。疲労回復にも効くし、リラックス効果もあるから」 選手なんだからよく休まないとね、と続けるごんべ。その気遣いにお礼を言って、縁に口を付けそっと啜った。 甘い液体が喉をとろりと滑り、喉から胸にかけて熱を持つ。 ノートパソコンの前に座ったごんべは、ほうっと息をつく佐久間を見て微笑むと自分もそれに倣った。 伏し目なごんべの睫の陰が頬にかかるのを見て、佐久間はカップを下ろした。 チームKとの試合が終わってから、ずっと彼女に言いたいことがあった。 「なぁ、名無し。・・・オレが名無しを避けてたこと、気づいていただろ」 避けていたという程解りやすく行動したつもりはない。そもそもごんべはチームトレーナーであり、監督補佐でもあるためその仕事は多岐に渡る。マネージャーよりも選手との関わりは少ない。 元々そこまで接する機会が多くなく、挨拶や体調チェック、メニューの説明や相談の時には普通にしてきたつもりだ。 しかし、どこかで距離を取ろうとしていたのも事実。 これだけ人を見ることの出来るごんべが、それに気づかないはずはないだろう。 その証拠にごんべは困った顔をした。 「それも仕方ないからね。あれだけ不動くんに絡んでたから」 「それもある。名無しも愛媛での試合で倒れたのに、不動に普通に接しているし、それに、そんなおまえを鬼道が信頼していることも違和感だったんだ」 雷門の一員だったごんべが、不動と仲良くしている。 それなのに鬼道がごんべを信頼しているのは一目瞭然だった。 「あー、でも鬼道くんとは不動くんのことで結構言い合いになったりしたかな・・・。ヒートアップすることもよくあって」 思い出して苦笑するごんべだが、佐久間は言われた内容に驚いた。 鬼道と言い合いをする、それがどういう意味を持つのかごんべは多分知らない。 佐久間は帝国にいた頃の鬼道をずっと見てきた。 キャプテンとしてサッカー部のトップにいた鬼道は、それだけに留まらず帝国学園自体のトップでもあり、また鬼道財閥の跡継ぎとして上に立つべき存在。 そんな鬼道が指示を仰ぐのは総帥だけで、そんな鬼道と言い合いするような人物はどこにも存在しなかった。 そんな鬼道と真っ向から切り結び、対等にやりあうことが出来る存在なんて考えもしなかったのだ。 「・・・なるほど、鬼道が信頼するのは、そういうことか」 臆することなく、論破されるのでもなく。 円堂を始め今では佐久間とも話し合ったり相談するようになった鬼道だが、感情を高ぶらせてぶつかれる相手は希少だろう。 首を傾げるごんべに何でもないと首を振り、少し冷めたホットレモネードを飲んだ。 「オレはこれを飲んだら戻るが、名無しはまだやるのか?というかそもそもどうしてここでやってるんだ。自分の部屋でやればいいのに」 「守が部屋にきて色々話しているうちに寝ちゃって、ベッド占拠されちゃったの。起こすのも可哀想だからね」 「円堂・・・。でも、それならどこで寝るんだ」 「そこのソファーでもいいし」 「それはダメだろう、男ならまだしも名無しは女子だ」 幼なじみと聞いているが、それでも女子の部屋で寝る円堂の神経を疑う。だがごんべがソファーで寝るなんて言いだしてぎょっとした。 自分がソファーで寝て、ごんべを佐久間の部屋で寝かせた方がいいのではないか。いやしかしそれも問題がある気がするし、鬼道にも悪い。鬼道がごんべに対し何かしらの特別な感情を持っているのは佐久間とて気づいている。 「いざとなったら守の部屋で寝るから大丈夫。佐久間くんは明日も練習あるんだから、早く休んで。洗い物は纏めてしておくからそのままそこに置いておいて」 あっけらかんと答えたごんべに、円堂との付き合いの深さを感じた。 (・・・ここに入り込むのは至難の業かもしれないな、鬼道) 人事のように思いながら、それならいいかと佐久間はカップの中身を一気に飲み干して席を立つ。 「おやすみ、名無し。程々にな」 「おやすみ佐久間くん」 指先までほっこり暖まった体。 唇を舐めればレモンの酸味の後で蜂蜜の甘さが舌をじんとさせる。 成る程、これは癖になる味だ。 淹れた人物を表現したようなその味に、ゆっくり眠れそうだと佐久間は微笑んだ。 ___ 岬さんリク「三期頃で佐久間くんとおしゃべり」でした。 チームK戦の後の話になり、これがあって「不器用な師弟」に続くわけです。 佐久間との話をどこかに入れたいなーと思っていたところに、ジャストなリクをありがとうございました!それまで特に交流もなく、不動と絡む幼なじみ主は佐久間にとってよく解らない人物だったのではと思います。 企画参加ありがとうございました! 2011.12.23 Back |