相棒シリーズ | ナノ
神様の帰還

久遠監督がクビになった。

自分のせいだ。神童は自身を責めた。栄都学園との試合で、シュートを打ってしまったから。
フィフスセクターの指示に逆らってしまったのだ。その責任を取って、久遠は監督を降ろされてしまった。



どうしてあの時、シュートをしてしまったのか。


学校にも行かずグランドピアノの鍵盤に指を滑らせながら、神童は自問を続けていた。


栄都学園の生徒、その母親に渡されたコンサートのチケット。それを冷たい目で見ていた相棒苗字、「つまらない試合」と吐き捨てられた言葉。
管理されたサッカーに義憤を訴える松風。
そのパスを受け、シュートを放った自分。


ピアノに触れればいつもであれば凪いでいく心が、荒々しくうねりをあげる。


そして、久遠監督の退任ーーー。


「・・・・・・っ!!」


鍵盤に両手を叩きつけ、不協和音が響いた。


「オレは・・・なんてことを・・・っ」


取り返しのつかないことをしてしまった。
打ち震える神童は、ノックの音と使用人の言葉に我に返る。


訪ねてきた霧野は二人掛けのソファーに、神童は一人掛けのソファーに前かがみになって座る。

霧野曰く、あの伝説のゴールキーパー円堂守が新たに雷門中の監督に赴任してきたのだという。
サッカーをする誰もが知るその人物は、勝つためのサッカーをすると宣言し、雷門中には優れた施設があるにも関わらず河川敷で練習すると言い出したらしい。



円堂守。雷門サッカー部の創設者にして、世界一になったイナズマジャパンのキャプテン。

その人が再び雷門中に戻ってきた。



***



久しぶりに見る姿に、相棒名前も総太も目を細める。
天馬と信助と共にフィールドを駆ける、円堂守の姿。

かつて相棒名前と総太にサッカーの楽しさを教えてくれた、憧れの人。


「春奈さんから連絡もらった時は、まさかと思ったけど。本当だったとはなー」
「あれだけ春奈さんはしゃいでたもん。本当でしょ」


いつものように助っ人をしていたところ、突然乱入してきた春奈。
春奈にそれぞれそのことを告げられた二人は助っ人に入っていた部活の部長に断りを入れて、ここ河川敷まで来た。


河川敷の上を通る橋から三人の姿を眺めていれば、反対から神童と霧野がやってくるのが見えた。
二人は相棒名前たちに気づいていないようでじっとグラウンドを眺めている。
相棒名前も二人をちらりと見ただけですぐにまた円堂へと視線を戻した。


「変わんないね」
「ああ。全然、変わってない。守兄さんのままだ」


少しは近づいたと思っていたのに、こうして見るとやはりまだ遠い。
強くなりたい。円堂や、あの人たちに追いついて追い越せるほど強くなりたい。そのためには時間がない。


フィールドを覗く他の部員たちの姿が見えてきた頃。


少し離れた場所にいた霧野の言葉が、風に乗って相棒名前の耳まで届いた。


「本当に、フィフスセクターから来た人なのかな、監督は」


その言葉に、カッと頭に血が上る。

ガンッ、と手摺りを殴りつけた音に、そこで初めて神童と霧野は相棒名前たちがいたことに気がついた。


「相棒苗字、名無し・・・」


驚く霧野をギッと睨みつけた相棒名前は、しかし何も言わずその場を後にした。


円堂守が、フィフスセクター?

馬鹿なことを言ってくれる。誰よりもサッカーを愛するあの人が、そんなことをするものか。


ああ、腹が立つ。
神童も、霧野も他の部員たちも。

サッカーを好きだといいながら、フィフスセクターに従うだなんて。それなのに天馬たちを馬鹿にする。


(なら、さっさとサッカー部を辞めればいいのに)


苛立ちに任せて大股で歩く。前を見ていなかったせいで道行く人にぶつかってしまった。


「っと、大丈夫か」
「はい、すみませんわたしの不注意で・・・」


ぶつかった衝撃で後ろに跳ね返ろうとする身体だったが、腕を掴まれことなきを得る。

完全に相棒名前の不注意だ。怒りに前が見えていなかった。

謝りながら顔を上げれば、相棒名前の腕を掴んだその人は驚いた表情を見せた。


「おまえ・・・」


相棒名前も驚いた。最近のこのサッカー部とのエンカウント率は何なのだ。今まで出来るだけ接点を持たないようにしてきたというのに台無しである。

雷門サッカー部のエースナンバーを付ける男がそこにいた。



すっと腕を引き後ろに下がる。
驚きは一瞬で消え、再び腹立たしい感情が沸き上がってきた。

顔をしかめる相棒名前に南沢は眉を上げたものの、それだけだった。

そういえば、黒の騎士団の襲撃後にサッカー部に残ったメンバーの中で、今あの河川敷にいないのはこの男だけということになる。

そのことに思い至り改めて南沢を見れば、「なんだよ」と憮然とした表情を返す。


「いえ。他の部員と一緒に行かなくていいんですか」


影から覗くようにしていた彼らの姿を思い出してそう言えば、南沢は鼻で笑い飛ばした。


「なんで行かなきゃいけないんだよ。勝つためのサッカーなんて必要ないだろ」


馬鹿馬鹿しい、と言わんばかりの態度。

それでも相棒名前には、中途半端なことばかりする他の部員たちよりも余程好感が持てた。



「そうですか」
「文句あんの?」
「まさか。はっきりしていて、あいつらよりよっぽどマシですよ」
「・・・へぇ。案外話解るじゃねーの」


まさか肯定されると思わなかったのか南沢はおどけるように笑った。

規定の部活動の時間は終わったから、勉強をするために帰るのだという南沢とはそこで別れる。
そのまま少し進んだところで総太から電話が入り、今相棒名前がいる場所から数メートルの位置にある駄菓子屋で合流することとなった。


視界に入れた昭和の外観を残した駄菓子屋。南沢と話したことで少し落ち着いた相棒名前は、久しぶりにきなこ棒でも買うかと足を向けた。






一方、残された総太は頬を掻いた。
付き合いは長いが相棒名前のあの短気なところはどうにも直らない。

神童も霧野も、円堂たちのことはテレビの中や雑誌でしか知らないのだ。その人となりまで知っているはずがない。
そんなことは相棒名前だとて理解しているはずなのに、あれは内に入れたものに対しては徹底的に甘い。


「悪いね、相棒名前が。まぁ気にすんなよ」


突然相棒名前が怒りも露わにその場を去ってしまい、ぽかんとしていた神童と霧野に謝る。



「いや・・・。名無したちは、その。円堂監督とは知り合いなのか」
「まぁね。オレと相棒名前にサッカーを教えてくれた神様」


総太の言葉にえっと驚きの声が上がる。それはそうだろう、円堂守といえば今や生ける伝説だ。その人にサッカーを教わるなんてとんでもないことだろう。
けれどよく考えてほしい。神童も霧野も、他の部員たちも。その伝説が監督として雷門に戻ってきたということを、その意味を。


でもまぁ、総太にとってはどう転ぼうがどうでもいいが。



「なら、どうして名無したちはサッカー部に入らなかったんだ?サッカーするんだろう」
「今の雷門に興味はないからね。そんだけの話」
「今の雷門・・・」


霧野の疑問にあっさり答えれば、黙ったままだった神童が唇をぎゅっと噛んだ。
恐らくフィフスセクターに管理されている今の中学サッカーのことだと思っているのだろうが、それは勘違いだ。支配されていようがどうであろうが関係ない。が、それを言う必要もない。


「じゃ、オレ行くわ。じゃな」


ひらひらと後ろ手に手を振りその場を後にする。神童と霧野の視線を背に感じながらも、それを綺麗に無視した総太はおもむろに携帯を取り出して相棒名前を呼び出した。


神様が戻って来た。けれど総太と相棒名前が望むものは今までと変わらない。
ただひたすらに強くなること。それだけだ。




2011.11.24
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