相棒シリーズ | ナノ
始まりの日

入部テストの為に集まった一年生を見て、神童は目を伏せた。松風天馬。サッカーが好きだと公言し、実力も伴っていないのに諦めずに何度でも立ち上がる。
それが気に入らなかった。


入部希望の一年生は全部で五人。
サッカー部が黒の騎士団になすすべなくやられたことを知って、多くの新入生が入部を取りやめた。
それでいい。
今のサッカーは管理サッカー。誰が入ったって変わらないのだから。


一年が整列し、監督の言葉を待つ。だが久遠は腕を組んだまま動かなかった。


「久遠監督。これで全員のようですが、始めないんですか?」


疑問に思った三国が代表で問いかけると、久遠は瞳だけを春奈に滑らせた。


「音無」
「あの、声は掛けたんですが・・・」


困ったような春奈の返しに部員たちはますます首を傾げた。
監督は誰か待っているのだろうか。


なかなか始まらない入部テストに時間を持て余した浜野は、足首をぐるぐる回しながらなんとはなしにグラウンドの周りを一周見渡す。

グラウンドに続く階段の上に、フィフスセクターの監視役剣城京介を見つけ嫌な気分になるが、その後ろに見えた姿に思わず声を漏らした。


「あれ・・・」
「どうしたんです浜野くん」
「あ、いやぁ。あそこにいるのって相棒名前と総太じゃね?」


あれあれ、と浜野が指差してその場の全員がその指の先を見る。
そこには確かに男女二人組がいた。


「知り合いか、浜野」
「三国さんたちも知ってるんじゃないですかね。ほら、部活荒らしの」
「ああ、去年話題になった二人組か」


浜野の言葉に三国を始めとする三年生が、そうかあの二人か、と頷いた。
だが意味が解らない一年生はいまだ首を傾げたままで、天馬が質問をする。


「あの、先輩。あの人たちって・・・?」
「二年の相棒苗字相棒名前と名無し総太。去年の体験入部であちこちの運動部のレギュラーをこてんぱんにして回った末に無所属を選んで、一躍有名人になったっちゅーわけ」
「確か今は各部の助っ人してるんでしたっけ」
「そういえばあいつら、サッカー部には来なかったな。まぁ相棒苗字は女子だから当然だろうけど。なぁ神童・・・、神童?」


浜野の説明と速水の補足になんだかよく解らないけれど凄い人たちなんだなぁ、と天馬と信助が感心する。

その横で神童に話を振った霧野だったが、返事がないことを訝かしんで名前を呼ぶ。
二人組をじっと見ていた神童ははっと我に返り、怪訝そうな霧野に何でもないと返した。


「おい、あいつらこっちに来るぞ」


倉間の言う通り、人影は真っ直ぐこちらに向かっていた。
雷門中指定のジャージに身を包んだその二人は、自分たちを見る部員たちには一切目もくれず久遠だけを見ていた。


「遅い」


久遠は一言だけ言った。
その言葉に監督が待っていたのは相棒名前と総太だと知れ、神童たちは動揺した。


「どういうつもりですか、久遠さん」
「お前たち二人には入部テストを受けてもらう」
「監督!?」


驚いたのは部員たちだ。
異口同音に上げられた声に相棒名前はうるさいというように眉間に皺を寄せるが、それ以上に言われた内容が気に食わないとばかりに顔をしかめ、不機嫌を隠さなかった。


「ふざけないで下さい、久遠さん」
「オレたちがサッカー部に入る気がないこと、知ってるでしょ。どうして今になってこんなことするんですか」


不機嫌な相棒名前と総太。まるで旧知の仲かのようなやりとりだ。
だが久遠は聞く耳を持たなかった。


「早くグラウンドに入れ。入部テストを始める」


異論は認めないと言わんばかりに久遠はグラウンドに向き直る。しばらく睨むように久遠を見ていた相棒名前は、久遠に引く気がないことを悟ると渋々グラウンドに入った。それを見て総太も後に続く。

戸惑ったのは部員たちだ。
監督が入部する気のない二年生を呼び寄せて強制的に入部テストを受けさせるだなんて。それも内一人は女子だ。何を考えているのか。


「何をしている。お前たちも早く入れ」


そんな部員たちを一瞥した久遠の言葉に、疑問を残したままポジションについた。



ようやく始まった入部テスト。
入部希望者が二年と三年を相手に攻め込む。その方法は自由。
やる気はあるのだが技術が伴わず空回り気味な天馬と信助。残る一年生三人は自分の力を誇示しようとワンマンプレーに走り、相棒名前と総太は棒立ちになり動く気配すらなかった。

まぁこんなもんか、と部員たちは落胆した。
ここはサッカーの名門、雷門中。いくら管理サッカーに支配されていようと、その強さは本物だ。


そして実力差を思い知りやる気をなくした三人。
それでいい、と神童は思う。


(なのに、どうして諦めない・・・っ)


何度やられても天馬は立ち上がる。
ボロボロになっているのに、どうしてそんなにも。


(楽しそうな顔をするんだ・・・!)


努力しても、どれだけサッカーが好きでも。今のサッカーでは通用しない。ただ辛くなるだけだ。神童も三国たちも、もう十分に苦しんできた。
天馬が本当にサッカーが好きなのが解る。だからこそ、サッカー部に入れたくない。


日が暮れだした頃には、入部希望者の中で走っているのは天馬と信助だけになっていた。

ふらふらになっている二人の元に神童がボールを蹴るが、よろついた天馬の足を素通りしてしまった。


転がった先を見て、神童は一瞬息を飲んだ。


相棒名前は足元のボールには目もくれず、ただ真っ直ぐに天馬を見据えていた。


「あ・・・、相棒名前さん、ボールを」
「ねぇ、君さ」
「へ?」
「サッカー、好き?」


淡々とした問いかけだった。無表情のまま抑揚のない声での問いかけは、どうでもいいことのように聞こえる。・・・天馬を見るその目の強ささえなければ。


「はい!好きです!」


一切の迷いのない答えがフィールドの端にまで響きわたった。
相棒名前と天馬の視線が真っ向から切り結ぶ。
それは時間にして数秒にも満たなかった。けれどその間誰もが二人から目を離せなかった。

相棒名前は黙って視線を外し、そこで初めて足元に転がるサッカーボールを見る。
そして緩慢な動作でそれを天馬へと転がした。


唐突な質問と行動にきょとんとしていた天馬だったが、今が入部テストの最中だったことを思い出し、走り出す。

止まっていた時間が動き出し、再び天馬と神童との勝負が始まった。


だが、ここで今までと違うことが起こった。


「な・・・っ」


こぼれ球になるはずだったボールを、いつの間に移動したのか相棒名前がキープしていた。

相棒名前は攻め込むのでもそのままキープするのでもなく、すぐに天馬へとボールを渡した。

きっとやる気になったんだ!と天馬は深く考えずにそのボールを受け取り、もう何度目になるか解らないが神童へと向かっていく。

まさかこれまで我関せずというようにその場から決して動こうとしなかった相棒名前が動くとは想像もしていなかった神童は、少し動揺していた。

天馬からすぐさまカットしたものの、足元が狂い後逸してしまったのだ。

誰もいない場所にバウンドしたボールだったが、二度目に地面に着く前に何故か総太の足首の上に乗っていた。
相棒名前と同様にいつの間に走り込んでいたのか、誰も気づかなかった。

呆然とする部員たちを意に介さず、総太は笑みを浮かべた。そして相棒名前と同じように天馬へとパスを出す。



「あ、ありがとうございますっ」


それからも天馬と気を取り直した神童の一騎打ちは続いた。
相棒名前と総太はカットをしにいくでも攻撃するでもなく、ただこぼれたボールを拾い天馬にパスし続けた。

二人が何を考えているのか解らないまま、遂に天馬が倒れた。


「それまで。入部テスト終了」


それを区切りに久遠はテスト終了を告げた。


横一列に整列する一年生五人、その正面には久遠、一歩引いたところに部員たちと春奈、マネージャーが並ぶ。


神童は目を瞑った。
これだけ実力差を見せつけたのだ。全員不合格になるものだと考えていた。だが、久遠は信じられないことを口にした。


「合格者は松風天馬、西園信助。そして・・・」


目を剥く神童を余所に、久遠は黙ってグラウンドを出ていく二人の背中に、聞こえるように声を張った。


「相棒苗字相棒名前、名無し総太。・・・以上四名だ」


最後まで二人は振り返らなかった。





2011.11.14
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