二人の母 |
守と夏未が付き合うことになった。 その報告に来てくれた二人を見送った後、携帯を取り出してアドレス帳から目当ての相手を探し発信ボタンを押す。 5コール鳴り、もう出ないかと思ったとき。プツッと通話に切り替わった。 「もしもし。・・・今、どこにいる?・・・うん・・・。行ってもいい?」 一人になりたいのなら、そうしておいた方が優しさなのかもしれない。でもわたしはあの子を一人にしたくなかった。 それでもやはり彼女の意志を尊重しようと伺いを立てれば、少しの逡巡の後、か細い声で「来て・・・」と告げられた。 電話を切りすぐに向かった先。久しぶりに訪れる彼女の家のインターフォンを鳴らし、出てきたおばさんに挨拶をして階段を上がる。 ネームプレートが掛けられたドアをノックし、そっとドアノブを捻った。 「ごんべちゃん、来てくれたんだ・・・。ありがとう」 「秋・・・」 気丈に振る舞おうと笑みを作る秋だったが、それが虚勢だというのは一目瞭然だ。 赤みを帯びた目尻、鼻頭。うっすらと膜の張った瞳。 クッションを抱えて床にぺたりと座り込む秋に近づき、膝をついてその頭を胸に抱え込んだ。 「秋・・・、秋・・・」 何と言ったらいいのか解らない。一人にしたくないと意気込んで、着くまでに何て声を掛けようか散々考えたくせに。 いざとなると頭の中は真っ白で、気の利いた言葉一つ思い浮かばない。 ただ名前だけを繰り返し呼んで、秋を抱きしめることしか出来なかった。 急に抱き寄せられて驚いていた秋だが、わたしが数度名前を呼ぶと、そろそろと腕を上げわたしの背中に回す。 「わたしね、円堂くんに一之瀬くんを重ねてたの。でもね、それは最初だけで、本当に、本当にわたし・・・っ」 その先が言葉になることはなかったけれど、何を言おうとしていたかは解った。 『本当に、円堂くんのことが好きだったの』 知っている。だって秋が守を見ているのを、ずっと見てきたのだから。 FFIで一之瀬くんが再び手術を受けることになり、その頃から秋の様子が変わっていった。 守と一之瀬くんの間で揺れていたと言ってもいい。 それが悪いことだとは思わない。 だって、どちらに対する感情も本物なのだから。 「ごんべちゃ・・・、ごんべちゃん・・・っ」 わたしにしがみついて泣き出す秋。 それに応えるように、ぎゅっと抱き寄せる腕に力を込めた。 「・・・秋、ありがとう」 「う、うう・・・。え・・・?」 「守を好きになってくれて、ありがとう。一緒にサッカー部を創ってくれて、ありがとう。ずっとずっと支えてくれて、ありがとう」 わたしが言うのはおかしいことだけれど、本心からの言葉だった。 「秋がいたから、サッカー部が出来た。守はサッカーをやれた。FF優勝も、エイリア学園との戦いも、FFIも。全部、秋がいてくれたから」 サッカー部創立の為に資料を集め、顧問を捜し、走り回ってくれた。練習場所を確保するために、各部に頭を下げてくれた。 どんなに辛い戦いの最中でも、選手を気遣い、常に笑顔で迎え入れてくれた。 だからこそ、守の、そしてみんなの『今』がある。・・・そうか。 「秋は、雷門サッカー部の、お母さんなんだ」 「おかあ、さん・・・?」 わたしの突拍子もない発言に、秋が顔を上げた。 涙で濡れた頬を両手で包み込むようにして拭う。 「守がお父さんで、秋がお母さん。部員たちは、子供」 ね、ぴったり。 口に出せばばっちり当てはまった気がした。 「円堂くんが、お父さんで、わたしがお母さん・・・。ふふっ、なんか、変な感じね。じゃあごんべちゃんは、わたしのお義母さんなの?」 復唱した秋が、ようやく笑顔になった。 虚勢を張っているのではない、自然な優しい笑み。 この笑顔に、わたしを含めみんなが支えられてきたのだ。 *** 秋空チャレンジャーズと戦う雷門イレブンを見ながら、ふいに笑いを漏らした秋を不思議そうな顔で円堂が振り向く。 「秋?どうかしたのか」 「ううん、何でもないの。ちょっと昔を思い出しただけ。そうだ、円堂くん。今度ごんべちゃんたちとお茶会しようってお話してるんだけど、夏未さんの予定を聞いてもらってもいい?」 「おう、いいぜ!あ、俺も行ってもいいか?」 「だーめ。今回は女子会なの」 残念がる円堂から目を離し、子供たちを見る。 楽しそうにボールを追いかける彼らもまた、秋の子供と言っていいのだろうか。 そんなことを考えて優しい気持ちになったのは、あの日の会話のおかげだ。 ___ 123と一貫して秋を選び続けた身としては、GOでの秋の扱いが些か悲しかったので・・・。いや一之瀬もね、好きなんですがね、やはりちょっと寂しかったです。 2012.02.06 Back |