相棒シリーズ | ナノ
そして転がり出す

駄菓子屋で駄菓子を買い込み、店番のおばあさんに紙袋に入れて貰い外に出ると、丁度総太がやって来た。

総太は相棒名前の腕に抱えられた茶色の紙袋の折り曲げられていた口を開けて中を覗き込み、呆れ顔になった。


「相棒名前買い込み過ぎだろ。きなこ棒がすげーあるし。駄菓子はまとめ買いするより色んなもん買うのがいいっつってんじゃん」
「だって兄さんたちも食べるし、いいじゃない好きなんだから」
「お、ラムネ貰いー」


半透明のビン型のケースの蓋を開ける総太と共に、商店街を歩く。大通りから一本裏に入り、フェンスに囲われた空き地へ。鍵は掛かっていたが一年の頃に壊した。
恐らく倉庫なのだろうプレハブと土管、そしてラインが掠れてはいるものの間違いないサッカーフィールドがある。
鞄を土管の上に放り投げ、ジャージを脱ぐ。半袖ハーフパンツのウェアになり、鞄からサッカーボールを出す。

この空き地を相棒名前たちが見つけたときは、雑草は生え放題で大小の石がごろごろ転がりとてもサッカー出来るような場所ではなかった。
それでも草の間に白いラインを見つけ、草を抜き石を取り除いて土を馴らし、荒れ地をサッカーフィールドに戻した。それからはここが相棒名前と総太の練習場所だ。


「んじゃ行くぞー」
「いつでもどうぞ」


アイマスクをした総太に返事を返し、相棒名前もアイマスクを装着する。視界は真っ暗でボールも対面にいるはずの総太の姿も見えない。

互いの足首に付けた鈴と、ボールの中に入れた鈴の音だけを頼りに動き出す。

こうして視界を奪うと、普段どれだけ視覚に頼っているかがよく解る。
鈴の音で総太の場所を知り、少しくぐもった鈴の音でボールの回転や位置を知る。
シューズが土を蹴る音で足に込められた力の強弱を、空気の動きで総太の動きを。

ぶつかることを恐れていては何も出来ない。しかし見境なく動けば・・・。


「うわっ」
「・・・っう!」



肩同士が衝突し、勢いのままに総太に押し倒され地面に倒れ込む。背中を強かに打って一瞬呼吸が止まった。


「あ〜、悪い。大丈夫か?」
「とりあえずどいて」
「へいへい」


上にのし掛かっていた総太を横にごろんと転がして、ようやく圧迫感が消えて呼吸も楽になる。

転がった拍子にアイマスクがずれていたようで目を開く。
転々と転がるボールの行き先をなんとなく目で追えば、誰かの足にぶつかって止まった。


「また無茶な練習をしているな、おまえたち」
「円堂さん・・・」


反転した視界で逆さまに移るのは、円堂だった。
横で転がっていた総太も身を起こしてアイマスクを外す。


「守兄さん・・・」
「よう、久しぶりだな。元気だったか?」


足にぶつかったボールを掬い上げた円堂は、歯を見せて笑った。


「なるほど、ブラインドサッカーか。考えたな」
「やってみる?」


興味深げな円堂に総太がアイマスクを渡すと、いそいそと受け取り装着する。ボールを蹴り上げリフティングするが、体に馴染んでいるはずの動作なのにどこかぎこちない。しばらくリフティングをしていた円堂は最後に大きく蹴り上げ、アイマスクを外した。


「これは見た目以上に難しいな」
「わたしたちもまだまともに出来ないんですよ。相手との距離は掴めても、足捌きまではまだ解らなくて」
「しょっちゅう足を絡ませて倒れちまうの」


おかげで生傷が絶えない。

円堂は無茶するなよ、と言った後、ふいに真面目な顔を作った。


「相棒名前、総太。おまえたちの力を貸してほしい。フィフスセクターに対抗するために」
「それが本題ですか。なら、答えは決まっていますよ」
「だろうな。だから俺を避けていたんだろ?」


やはり相棒名前たちが読んだとおり、円堂はフィフスセクターへの対抗勢力を作るために雷門に戻ってきたらしい。いや、対抗勢力を作るのはあくまで手段であり、ただ純粋に後輩たちに自由にサッカーをやらせたかったのかもしれない。
サッカーの勝敗が管理されるだなんて馬鹿らしい。けれど相棒名前にとっても総太にとっても、管理されていようが関係ない。二人は学校に関係のないところでサッカーをしているのだから。


「俺はな、おまえたちにサッカーの楽しさをもっと教えてやりたい。仲間たちとのサッカーを」
「彼らを見てる限り、そんなに魅力を感じません」
「あいつらは今まで通りフィフスセクターに従うつもりなんでしょ。ならオレたちはパス」
「あいつらは本当にサッカーが好きなんだ。きっとじきに変わるさ。それに・・・おまえたちは、松風を見て何か感じなかったか」


松風天馬。
総太が見つけた『面白い奴』。サッカーは好きかという問いに、躊躇うことなく是を返した少年。実力はないのにがむしゃらにボールに向かっていく姿を思い浮かべる。


「俺はな、あいつらなら二人に与えてくれると思う。俺たちがおまえたちから奪ってしまったものを」
「やめてよ守兄さん、オレたちは何も奪われてなんかない」
「円堂さんたちには沢山のものを貰いました。・・・そんな顔をしないでください」


二人の言葉に、円堂は困ったように笑うだけだった。


「考えてくれ。俺はいつでも待ってるぞ。・・・練習の邪魔したな」


ボールを相棒名前に手渡した円堂は、その場を去った。
渡されたボールに視線を落とす。
このボールも、随分擦り切れてボロボロになってしまった。


「・・・相棒名前、今日は帰るか」
「ん・・・」


いつもよりもかなり早く練習を切り上げ家路につく。
下宿先に向かう総太と別れ、家に着くやいなや部屋に籠もった。
乱暴に鞄を肩から滑り落とし、デスクに置かれたケースに手を伸ばす。カチ、と音を立てて鍵が外れ、中からヴァイオリンを持ち上げた。

調弦をして、松脂を弓につける。
肩当てをして構えれば自然と背筋が伸びた。

ヴァイオリンの本体は共鳴箱だ。弦で起きた振動を大きくする。部屋全体に広がる伸びやかな音に、相棒名前は目を閉じて弓を引いた。



円堂とその仲間たちは、ごんべと総太にサッカーを教えてくれた憧れの人たちだ。

相棒名前が幼稚舎に通っていた頃、珍しい外部編入生がやってきた。それが総太だった。
相棒名前と総太は馬が合い、気づけばいつでもどこでも一緒にいるようになった。殴りあいの喧嘩だってした。
そんな総太の年の離れた姉に共に会いに行くようになり、そこで円堂たちにサッカーを教わった。

相棒名前の家はいわゆる良家というもので、ヴァイオリンを始め舞踊や作法等の習い事は幼い頃より叩き込まれていた。
そんな中出会ったサッカーは、衝撃的だった。
ボールを受け取る度に沸き上がる高揚感、思い通りにパスが出せた時の喜び。
そして世界一になったのだという彼らの、目を疑うようなプレイの数々。

魅了された。憧れた。
そんな彼らがいた雷門中に入ることは憧れで夢だった。

しかし、今の雷門サッカー部ときたらどうだ。
フィフスセクター等という訳の解らない権力に怯え、縮こまっている。
円堂はああ言っていたが、あんなチームに何の価値があるというのか。


「ーーーっ!」


ビィンッ、と音を立てて弦が切れて頬を叩く。


「仲間なんていらない・・・」


けれど、松風天馬の存在が脳裏に焼き付いて離れない。
何か感じなかったかなんて、・・・感じたに決まっている。彼は相棒名前たちが憧れたものの、片鱗を持っていた。


頬を撫で、血が出ていないことを確認してから構えを解く。
すると、誰もいないはずの部屋の隅から拍手が起こった。


「圭二兄さん・・・。ノック位してよ」
「したよ。でも聞こえてなかったみたいだから入っちゃった。ただいま相棒名前。はいこれお土産」


ドアにもたれ掛かるようにして手を叩いていたのは、次兄の圭二だった。
大学に入るやいなや休学届けを出し、日本に留まらずあちこちを放浪している兄。

包装もされていないそれは、どうやら随分関節が柔らかい人間がモチーフらしく、腕がおかしなことになっている木彫りの人形だった。


「今度はどこに行ってきたの」
「あっちやこっち?」


へらんと笑う圭二に、相棒名前はヴァイオリンをケースに仕舞ってから、圭二からの個性豊かなお土産が並ぶ棚にその人形を飾った。


「それにしても、随分音が乱れてたけど。なんかあったか。兄ちゃんに言ってみろ」


年が離れている上に、唯一の女だからか。次兄だけでなく、家族全員相棒名前に甘いことを自覚している。
相棒名前の髪をわしわしと掻き乱すように撫でる圭二の手を叩き落としてから事情を話せば、圭二は気の抜ける声を漏らした。


「サッカー部の連中は気に食わんけど、新入生は気になると。ならその新入生だけ構えば?」


あっけらかんと言う圭二に、相棒名前はきょとんと瞬きした。
まさに目から鱗である。


「それより、そのフィフスセクターのことだけどよ。ちょーっと色々耳に挟んだんだわ」
「フィフスセクターのことを・・・?」


どういった経緯があって、とは聞かない。圭二はふらふらしているが、決して遊んでいるわけではないのだ。明確な目標を持った上で、放浪している。
その中で入手した情報とやらを聞いて、相棒名前は驚愕とした。


2012.02.06
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