壱万打御礼企画 | ナノ
「呼吸関係で茂人とのお話」


風邪を拗らせ肺炎になりかけたせいで長期入院をしたことがある。
その小児病棟で出会った男の子がいた。

小児科病棟には大抵あるというプレールーム。
おもちゃや絵本が用意され、長期入院を余儀なくされ学校に通えない子供にとって貴重な社交場だ。

この病院には保育士さんが常駐していて子供たちの相手をしてくれる。

とはいえ前世を合わせるとそれなりの年齢になるわたしにはなかなか馴染めない場所なので他の子供たちとは距離を置いて、部屋の隅で一人、本を読んでいた。


そもそもあまり来たくなかったのだが、部屋に篭もり切りはだめよ、と看護士さんに連れてこられた。


入院中暇だとぼやいたら守が貸してくれた本。
当然サッカーの本で基本的なルール、技の名前等が書かれたいわゆる入門編だ。
買ったはいいものの、守は身体で覚えるタイプだからすぐに投げ出された本はまだ新品同様綺麗なままだ。


ぱらりとページをめくったとき、ふと本に影が差した。



「それサッカーのほん?」




少し硬くツンと立った白い髪、日に焼けていないせいでもはや青白い肌の同じ年くらいの男の子。
正面にしゃがみこんで本をじっと見つめていた。



「そうだよ。サッカー好きなの?」
「ぼくじゃなくて、ともだちが好きなんだ」


顔を上げた男の子は本に挿入された写真を見て寂しそうに笑った。


ああ、しまった。

ここにいる子供たちの中には学校にも満足に通えず、運動が禁止されている子もいる。
そんな中で無神経な質問をしてしまった。



「どんな友達?」


けれど謝るのも違う気がして、話題をその友達に移そうとする。



「元気でね、こえが大きいよ。ときどきおみまいにくる」
「そうなんだ。仲がいいんだね」
「うん。でも、ぼくよく入院するから・・・。だから、おいてかれちゃう」



どうやらまた失敗してしまったらしい。

気持ちは解らなくない。
病院という閉鎖された特殊な場所に閉じこめられている間も、外では着実に変化が起こっている。

特に子供たちの一分一秒はとてつもなくて密度が濃くて、沢山のことを吸収し成長していく。

取り残された気持ちになるのは仕方がない。



落ち込んでしまった男の子の頭に手を伸ばす。
白い髪は意外と硬質でツンツンしていた。


突然撫でられ不思議そうな顔をする男の子。

安心させるように笑い掛けると、暗く沈んだ顔が少し和らいだ。



「ぼく、しげとって言うんだ」
「しげとくん。わたしはごんべっていうの」
「ごんべちゃん・・・。いっしょに読んでもいい?」
「いいよ、おいで」


横に少しずれると空いたスペースに小さな身体が入り込む。
しげとくんに見やすいように本を寄せ、身体をくっつけ二人で覗き込む。


全体的に白いしげとくんだけれど、体温は高い。子供体温で接した所からぽかぽかした。



「ごんべちゃんはサッカーするの?」
「わたしも友達が好きでね、少しだけするよ」
「ごんべちゃんのともだちって、よく来る子?」


どうやらしげとくんはお見舞いに来る守のことを知っていたらしい。守は病院だろうがお構いなしに大声で走り回るから目立つのもわかる。



「だからごんべちゃんのことも知ってたよ。ずっとはなしたいなっておもってた」


照れたように笑うしげとくん。


プレールームに来ても誰と遊ぶこともなく、一人でいるわたしのことを気にしていてくれたらしい。
胸がほんわかと暖かくなってありがとう、と言えば更に照れて立てた膝に顔を埋めてしまった。




それ以来、わたしを見かける度しげとくんは隣りに来てくれるようになり、わたしも積極的にプレールームに足を運ぶようになった。

昼間はプレールームでお話したり本を読んだり、調子がいい日は看護士さんに付き添ってもらって中庭の散歩したり。
ソフトビニールボールを転がし合ったりして遊んだ。


夕方になるとお互い病室に戻り友人が来るのを待つ。
つい先日、しげとくんとその友達を見かけることがあった。鮮やかな赤い髪をした元気いっぱいの男の子になんとなく守が重なった。



そんな生活がしばらく続いたけれど、わたしの退院が決まり、また時期を同じくしてしげとくんの転院が決まったことで終わりを迎えた。



「ごんべ、ちゃ・・・っ、これっ」



泣きじゃくりながらぎゅっと握りしめていたものを突き出すしげとくん。

折り紙で作られた白いチューリップ。



「ぼ、くのこと、忘れなっでぇ・・・っ」



白い顔も眼も真っ赤にしたしげとくんに、入院中何度も読み返した本を渡す。

元々は守のものだから後で買って返すことにして、二人で見たこの本を持っていてもらいたかった。



「忘れないよしげとくん。今度会うときは、しげとくんがサッカーするところ見せてね」




また会うことと、それまでに元気になることを約束し、小さな小さな小指を絡めた。





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白いチューリップの花言葉は「思い出の恋」「思いやり」「失恋」等。沢山ありますがここでは「思い出の恋」。
何故チューリップかといえば茂人の幼なじみの彼が赤チューリップだからです。ちなみに赤色の「プロミネンス」というチューリップが実在しているらしい。

リクありがとうございました!
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