壱万打御礼企画 | ナノ
「逆ハーで落ちはお任せ」

練習が休憩に入りそれぞれに新しいドリンクを渡し、その間に空いたボトルを籠に乱雑に放り込み水道に向かう。


中身はほとんどが空なので重くはないが、重ばるため持ちづらい。

籠一杯に入っているため無理矢理持ち手との間に指を入れて運んでいると、横からひょいと浚われた。



「一ノ瀬くん」
「手伝うよ。そこの水道でいい?」


籠を抱えるように持ってにっこりと笑う一ノ瀬くんに、慌てて手を伸ばす。
せっかくの休憩時間に選手にこんな雑用をさせるわけにはいかない。


「一ノ瀬くんは休んでて、わたしの仕事だから」
「すぐそこだから気にしないでよ。それにちょっと聞きたいことがあったし」


返してもらおうと伸ばした手からひょい、と籠が遠ざかる。
どうやらどうやっても返すつもりはないらしい。


「ごめんね、一ノ瀬くん。あ、ここでいいから」


結局最後まで選手に運ばせてしまった。

流し台の脇に籠を置いてもらい、手の空いた一ノ瀬くんと向き合う。


「それで話ってどうしたの?」
「明日部活休みだろう?ごんべ、何か予定ある?」
「明日は買い物に行くつもりだけど・・・。何かあった?」


明日は久しぶりの部活休み。その予定を聞かれかねてより決めていた予定を告げると、一ノ瀬くんは用事があったわけじゃないんだけど、と前置きして続けた。


「買い物ならオレも付いていっていい?荷物持ちするよ」


にこにこと提案する一ノ瀬くんにどう返答したものかと悩んでいると、彼の肩越しに特徴的な人影を見つけた。

その人影は迷いなくここまでやってくると、おもむろに一ノ瀬くんの肩を叩いた。


「一ノ瀬、おまえにはリカがいるだろう」
「鬼道・・・っ、何度も言うけど、オレとリカはそんなんじゃない」
「一ノ瀬が浮気していたと報告しておいてやろう。大阪から飛んでくるぞ」
「ひ、否定できない・・・」


一ノ瀬くんが焦ったようにわたしをちらちら見ながら誤解だ!と主張するものの、鬼道くんの方が一枚上手だったらしい。がっくりと肩を落としてしまった。

・・・確かにリカならその可能性は高い。恐るべき行動力だ。


「荷物持ちならオレがしよう。いいな名無し」



別に荷物持ちがいるだなんて一言も言っていないのにまるで決定事項のような口振りの鬼道くん。
そんな鬼道くんに今度は一ノ瀬くんが噛みついた。


「鬼道が?でも鬼道って金銭感覚ずれてそうだからやめといた方がよくないか?」
「・・・何だと?」


一ノ瀬くんのいうことも最もだ。

何と言っても鬼道財閥の御曹司、庶民とは金銭感覚が違っていてもおかしくない。
おかしくないのだが・・・。



この険悪な雰囲気はおかしい気がする。



非常に嫌な予感がするので置いたままだった籠を持って、ここより少し離れたもう一つの水道へと退散する。

幸い二人とも口論に夢中で気づかれず、着いた先で今度こそボトルを洗う。



三分の一程洗ったところで、両隣に一郎太と豪炎寺くんが現れた。


「お疲れさま、二人とも」


どうやら顔を洗いに来たらしい二人に挨拶すれば、ああ、と異口同音に返される。
この二人なら口論を始めることはないだろうと安心して洗い物を続ければ、ほぼ同時に声を掛けられた。



「・・・どうしたの二人とも」
「あ、いや。豪炎寺、先にいいぜ」
「・・・いや、オレは後でいい」


手は止めずに促せば、先に一郎太が話すことになったらしい。お互いに譲り合いところは彼ららしい。



「ごんべは明日予定、あるか?」



一ノ瀬くんと同じことを聞かれ、思わず眉を寄せる。
やっぱり明日は何かあるのか、と聞けば今度もまたそうじゃない、と否定される。


「・・・明日は買い物の予定だけど」
「何を買うんだ?」
「午後からお菓子作るから、その材料。ねえ、本当に何もないの?」


そう念を押せば一郎太は目を泳がせた。
やはり何かあるのか。でも部活絡みなら耳に入らないはずがないし、そもそも誤魔化したりしないだろう。


逃げる視線を追いかけじっと見つめていれば、一郎太の目がさらに泳ぐ。
口から出るのは「あー」だとか「その、な」とその先が続かない。

問いつめるべきか言い出すのを待つべきか悩んでいると、それまで黙っていた豪炎寺くんに肩を叩かれた。


「名無し。オレにお菓子作りを教えてくれないか」
「豪炎寺くんがお菓子・・・?ああ、夕香ちゃんに?」
「あ、ああ。・・・そうだ。夕香の為だ。・・・他意はない」



夕香ちゃんの為とはいえやはり恥ずかしいのか挙動不審気味な豪炎寺くん。
料理の腕前もそこそこな豪炎寺くんならお菓子作りもそこまで難しくはないだろうけれど・・・。



「豪炎寺!・・・抜け駆けは禁止じゃなかったのか」
「そうだったか?」
「豪炎寺・・・!」


なにやら一郎太が豪炎寺くんを引っ張って行き、視界の端で何やら揉めているのが見えるが、わたしは明日のことで頭を悩ませる。


「待ってよ。明日はオレがごんべに付き合うんだってば」
「一ノ瀬は大阪に行けばいい。買い物はオレが行こう」


そうこうしているうちに一ノ瀬くんと鬼道くんがやってきて、今度は四人でやんややんや騒がしくなる。



買い物も一緒に作るのもわたしとしては問題はないのだけれど。

ただ・・・。



「あなたたち、こんなところで何をしているの。もう練習再開よ」
「あ、夏未。いいところに」
「?」


全て荒い終わり逆さまして籠に綺麗に並べ終えた時、タイミングよく夏未がやってきた。



「明日のことなんだけど、みんなも行きたいって言うんだけど、どうする?」



そう言った途端、四人はぴたりと口を噤み、夏未の眉がぎゅっと寄った。


「・・・どういうことかしら」
「あー、女の子同士の約束なら男が入るのは野暮ってもんかな」
「・・・雷門がいるなら、オレは必要ない、か」
「雷門か、ならまあ、ははっ」
「・・・またの機会に頼む」



夏未の一睨みに彼らは蜘蛛の子のようにささっと消えていった。



「なんだったんだろう」
「・・・気にしなくていいんじゃくて?」
「そう?あ、明日だけど何を作りたいの」
「・・・簡単なものから、お願いするわ」


彼らが何をしたかったのかはわからないけれど、引いてくれてよかったのかもしれない。
わたしは構わないけれど、夏未は気にするだろうから。


「じゃあブラウニーと、トリュフにしようか。調理器具は夏未の家の厨房を借りていいんだよね?」
「任せるわ。道具は好きに使ってもらって構わないから」
「頑張ろうね。大丈夫、あと一月あるんだから」



おにぎりを作るのにも苦戦する夏未から受けた相談事。
来月・・・二月に待ち受ける女の子の祭典に向けて指導をして欲しいと頼まれたのは一昨日のこと。


秋と夏未のどちらか一方に肩入れするつもりはないけれど、こんな風に頬を染めて頼まれたら断れるはずがない。

それにきっと、わたしが教えなくても秋が教えるだろうし。



とりあえず明日は失敗してだめになる分を多めに見積もって買ってこないとな、と頭の中で買い物リストを作成していった。



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いつにも増して糖分が低い…!これを夢と分類していいのでしょうか…うう、すみません。
書き直し承りますので!リクありがとうございました。
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