壱万打御礼企画 | ナノ
「風丸との絡み」

早朝の河川敷の上の土手で。


すでに汗を頬に伝わせながらランニングをしていたごんべは、馴染みの姿に足を止めた。


「風丸さん!」


声を掛ければ、土手に座り込んでいた風丸がぱっと立ち上がり、ごんべを見るやいなや走り寄ってきた。


「ごんべお姉さま!おはようございます!」
「おはよう。いつも早いね」
「お姉さまこそ」


頬を上気させた風丸に、早朝の寒さの中待たせてしまったことを詫びる。
頭を下げるごんべに慌てた風丸のアルトソプラノの声が土手に響いた。


数ヶ月前、幼い頃より日課にしている早朝のランニングの途中にこの場所で立ち尽くす風丸を見つけた。

掌に乗る切れたヘアゴムを見たごんべが、予備にといつも手首につけている濃い藍色のヘアゴムを渡した。
それが二人の出会いだった。


風丸が陸上部に属していてごんべと同じく朝のランニングを日課にしていると知り、それ以来ここで待ち合わせて一緒に走っている。


風丸は出会って以来、ごんべをこうして慕ってくれる。
隣りを走る風丸はとても活発な少女で、ごんべもまた風丸を可愛く思っている。



***



自習時間。
風丸は窓際に椅子を移動させ、物憂げに外を眺めていた。
その手の中にはヘアゴム。

空をぼんやりと見上げたかと思うと手の中を見ながら時折ため息をつく。そんな美少年の様子に教室内の女子から熱い視線が注がれていた。


風丸くんのあの憂い顔を取り除いてあげたい・・・!
ああでもでも、あれはあれで鑑賞するには持ってこいだしどうしたらいいの!?


そんな女子一同の目は、いかに半田の双葉を毟ろうとノートに作戦を書いているマックスに固定された。

松野空介、通称マックス。
風丸と同じく助っ人としてサッカー部に入り、またその物怖じしない性格は有名である。


シャーペンを指でくるくる回していたマックスは、いつの間にかクラスの女子たちにぐるりと囲まれていた。



「ねぇ風丸、何してんのー」


元々面白いことが大好きなマックスは、女子からのお願いに快く頷いた。
特徴的な帽子の上に両手を組むように置いて、窓際の風丸を後ろからひょいと覗き込んだ。


「ああ・・・マックスか・・・・・・」


声を掛けられてもなおぼんやりと虚空を見つめる風丸。
その手に絡められた藍色のヘアゴムに目を止めたマックスは、そう深く考えずそれに手を伸ばした。


「このヘアゴムがどうかしーーーーへぶっ!」
「触るなマックス!!」


神速の裏拳がマックスの顔面に炸裂、完全に無防備だったマックスはなす統べなく机や椅子をなぎ倒しながら吹っ飛んだ。


「「ま、マックスー!!」」


遠巻きに見守っていた男子たちがマックスに駆け寄りその肩を揺さぶるが、その日マックスが目を覚ますことはなかったという。

その惨事に男子一同は真っ青である。
風丸といえば個性派揃いのサッカー部の中では常識人で温厚なイメージがあっただけに、理由の解らない暴力は彼らに恐怖を植え付けた。

一方女子一同はというと。



「こ、これはごんべお姉さまに貰った、契りのヘアゴムなんだぞ!それを触るなんて・・・っ。お姉さまとオレとの絆が汚れるだろ!?ああっ、ごんべお姉さま・・・っ」


ふるふると怒りに打ち震えたかと思えば、握りしめたヘアゴムに頬を寄せて嘆く風丸。

いつもの爽やかで格好いい風丸の面影はなく、そこにいたのは恋する乙男だった。


百年の恋も一瞬で砕け散った瞬間である。


怯える男子たちと虚ろな目をした女子たちを余所に、風丸はごんべに出逢ったあの運命の日を回想する。


ランニング中、もう結構長いこと使い込んだヘアゴムが切れてしまった。
長い髪をそのままで走るのは鬱陶しいしどうしようかと思案していたその時、あの人に声を掛けられた。


『よかったら、これを使ってくれない?』


そう言って濃い藍色のヘアゴムを指で摘んだごんべ。
彼女は入学当初から有名人で、話したことはないものの一方的に知っていた。

そんなごんべの登場にまごつく風丸に、遠慮しているのだと勘違いしたごんべはおもむろに風丸の髪を手に取り、さっと括ってしまった。


『やっぱり、君の髪によく映える。・・・綺麗な髪だね』


そう言って微笑んだごんべは朝日より眩しく、輝いていた。


『おねえさま・・・』


ぽろりとこぼれでた言葉に慌てて口を押さえるが、一度出たものは戻ってこない。
羞恥に顔を赤く染める風丸だったが、ごんべは一瞬きょとっとしたものの、すぐに笑みを浮かべた。


『君みたいな可愛い子に、姉なんて言われると照れるね。わたしは下がいないから、嬉しいよ』


あの日から、ごんべは風丸にとって何よりも尊いお姉さまとなった。




「ごんべお姉さまは人気者だから、オレなんかに構っていたら、オレが危ない目にあうってきっと心配してるんだ。だから学校では話してもらえないけど、でも、朝のあの時間だけは二人だけの世界なんだ・・・」


もじもじと指を遊ばせながら恍惚の表情を浮かべる風丸は知らない。


ランニングのためにジャージを着用し、ごんべの前だと緊張に声が上擦るために、風丸を女子だと勘違いしていることを。

ごんべは生徒会副会長という立場上生徒全員の顔と名前を把握しているが、時折廊下ですれ違う学ラン姿の風丸の髪を括るのは藍色のヘアゴムではないため、早朝に出逢う『風丸さん』は他校に通う身内なのだろうと認識していることも。



ごんべに会う早朝以外は藍色のヘアゴムを髪から外して大事に持ち歩いている風丸は、知る由もない。



___
大変、大変遅くなり申し訳ありませんでした・・・!
乙男風丸にしてみましたが、いかがでしょう。
これでようやく壱万打企画終了となります。一年近くお待たせしてしまいましたが、企画への参加、ありがとうございました!



2011.11.10
Back