壱万打御礼企画 | ナノ
「FFI編」前編

目の前には仁王立ちする一郎太を筆頭に、腕組みをした豪炎寺くん、鬼道くん。そして何やら輝かんばかりの笑顔の士郎くん。


そして背後には。
イタリア代表、フィディオ・アルデナ。
アメリカ代表、マーク・クルーガーとディラン・キース。
アルゼンチン代表、テレス・トルーエ。
イギリス代表、エドガー・バルチナス。


そんな各国のスター選手の一団をビッと指さし、一郎太は判決を下すかのような低い声でしかしはっきり告げた。



「捨ててこい」




・・・ことの始まりは数時間前に遡る。
昼過ぎ、本日の午後の練習は自主練習になった為久遠監督に外出の許可を取った。
アルゼンチンエリアに買い出しに行くためだ。
先日アルゼンチンエリアで購入したテーピングが意外に良かったのだ。巻きやすく伸縮性も堅すぎず緩すぎず使い勝手が良く、肌への当たりも良いと選手たちにも好感触。

しかし少し前に買い出しに行って倒れ、アメリカ代表に保護された前科がある為にみんなはいい顔をせず、秋も「付いていくよ」と言ってくれたが断った。

秋たちには自主練習する選手たちのサポートがある。特に守なんかは放っておくとすぐに無茶をするからマネージャー歴の長い秋には残ってもらわなければいけない。


「夕方までには帰るし、メールもするから。今度は持てるだけしか買わないし」


そう説得して出てきたわけだが。

一度来たことがあるので買い物自体はスムーズに終わった。
前回の失敗を踏まえ、買い物袋は一つだけ。
すぐに戻ると約束したので寄り道せずにバス乗り場に向かう道中、まさかの再会にしばしお互いフリーズした。


「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・また買い出しか」
「・・・先日は、どうも」


まさかまさかである。
前回アルゼンチンエリアに買い物に来た折りに出会ったテレスに、全く同じ場所でばったり再会してしまったのだ。

テレスも驚いているらしくしばし無言が続いたが、一度口を開けば会話はスムーズに進んだ。


「イナズマジャパンはそんなに備品を消耗するのか?」
「そんなことは・・・なくもない、ですが。前にこっちで買ったテーピングが良いものだったので、買い付けに来たんです。これです」
「ああ、オレたちのチームをこれを使ってるぜ。なかなか見る目があるじゃないか」


自国の製品が褒められたのが嬉しいのか、紙袋を覗き込んだテレスは満足げに笑った。


「この間はありがとうございました。助かりました」
「構うことねーよ。女が大荷物持ってふらふらしてたら誰だってああする」
「でも助かったのは本当ですから。何か御礼したいんですが・・・、そうだ、今日の夕食をおもてなしさせて貰えませんか?」
「別に気にするな。・・・しかし、ふむ。ジャパンの料理か」


御礼と言ってもその位しか思い浮かばなかった。それに守も会いたがっていたし。

テレスは顎に親指と人差し指を当て考える仕草を見せる。


「前にアルゼンチンで食べたジャパン料理はなかなかだったな。四角く固めたライスの上にアボカドが乗っていたが、クリーミーで美味かった」
「アボカド・・・」


四角く固めた米ということは、恐らく握り寿司のことだろう。

例えば日本で食べる他国の料理というのは、日本人の舌に合うように作られているものも多いのだという。また天津飯なんかは中華料理のカテゴリに入れられているが、本場中国には存在しない日本生まれの料理だ。

つまりはそう言うことだ。
そこには悪意などは存在しないし、テレスも本心から『アルゼンチンにおける日本料理』を褒めてくれている。

だがしかし。
自国の人間として、思わざるを得ない。



そ れ は 日 本 料 理 じ ゃ な い ・・・ !


「テレス」
「あ?」
「是非、招待させてください」
「あ、ああ・・・そりゃいいが。どうした?」


本当の日本料理を・・・!

心中意気込むわたしを訝しげに見るテレスを無視し、秋にメールを打つ。
夕食にお客さんを一人呼ぶことと、メニューをこてこての日本食にするという旨。
しかしアルゼンチンと言えば肉料理で、特に男性に至っては野菜を嫌煙する人が多いのだと聞いていたが、アボカドを好むということは彼は平気らしい。
日本料理は野菜を使うものが多いので非常に助かる、と思いながら片手で打っていると。

ひょいっと片腕の紙袋が腕から抜けていった。


「このままジャパンエリアに行けばいいんだろ?それと、敬語は辞めろ。痒くなる」


頭をがしがし掻きながらの言葉に甘え、ありがとうと返す。メールを送信しバス乗り場に向かい再度足を動かした途端。


「あーーーー!」


前方に目立つ二人組がいて、その片方がこちらを見て叫んだ。


「テレスがキュートな子といると思ったら、ゴンベじゃないか!」


叫んだ彼、ディランは跳ねるように一気に距離を詰めわたしたちの目の前にやってきた。
それに続くようにマークも近寄る。


「その後調子はどうだ?」


気遣わしげなマークにテレスが片眉を上げ、何だおまえら知り合いかと聞いてくる。
それに対し、先日テレスと別れた後のことを話すと呆れられてしまった。


「それで、二人は一緒にどうしたんだい?」
「ああ、こいつに夕食に招待されてな」
「オウ!いいな、いいなー!ミーも食べたいよ」
「おいディラン、迷惑になるだろう」


ディランをマークが窘めてくれるが、彼らにも大変お世話になった。テレスに御礼をするなら、彼らにも当然しなければいけないだろう。


「ミーはクリームチーズたっぷりのロールが好きだな!」
「ああ、フィラデルフィア・ロールか。ドモンは「こんなの巻きずしじゃない・・・!」と言っていったが・・・」
「・・・二人とも、是非夕食に招待させてください」
「ワオ!いいのかい!?」
「だが急に行っては迷惑じゃないか?」
「連絡しておくから、是非」


もう二人追加。


「コタツとミカンはあるかい!?」
「時期的にないかな」
「そんな・・・!カズヤがジャパンの心だって言ってたのにないのかい!?」
「確か寒い時期にしかないのだと言っていなかったか?」


倍になった人数でバス乗り場に向かうが、内三人は有名人。視線を集める集める。
その視線に耐えながらようやくバス乗り場についたと思うと、そこには人だかりが出来ていた。

その殆どは女性で、どうやらその中心に有名なサッカー選手がいてサインをしているらしい。

嫌な予感がする。見ない振りをしてさっさとバスに乗り込もうとしたのだが、そうは問屋が卸さなかった。



「おや、貴方たちは・・・」


女性の固まりも目立つが、わたしの連れたちもこの上なく目立つ。
マークたちに女性たちが気づき少しずつざわめきが大きくなると、その中心にいた男性がその輪から出てきてしまった。


「ハーイ、エドガー!」
「相変わらず女に囲まれてやがんな」


エドガー・バルチナス。ある意味一番会いたくなかった相手である。

彼はディラン、テレス、マークと順に目をやり、わたしの所でぴたっと固定される。


「貴女はイナズマジャパンの・・・」



出来ることなら忘れていてほしかったが、出会いがあれでは仕方ないだろう。悪い意味で印象的だっただろうから。


「・・・先日は、お招きありがとうございました。大変、失礼をしまして・・・」


さすがに無視するわけにもいかず、頭を下げる。
親善パーティーでは、いくら腹が立ったとはいえホストに恥をかかせる行為をしてしまった。後悔はしていないが、大人げなかったと反省はしている。


「いえ、頭を上げてくださいレディ。あれは私たちに非がありました。イナズマジャパンと対戦し、反省しましたよ」


こちらこそ申し訳ありませんでした。

胸に手を当て謝る様はスマートである。何をしたんだと訝しげに見るテレスには気づかない振りだ。


「そうだ、お詫びと言ってはなんですが。丁度今さっき、良い茶葉が手には入ったのです。よろしければ貴女のために紅茶を淹れさせていただけませんか?」


きらびやかな笑顔に周囲の女性から黄色い声が起こる。
突き刺さる視線に断ろうとする前に、ディランが余計なことを言い出した。


「ミーたち今からディナーをジャパンにお呼ばれに行くんだ!エドガーもそこで紅茶を淹れたらどうだい?」


ナイスアイディア!と言わんばかりのディランを思わず叩きそうになった。


「こらディラン、それはゴンベが決めることだろう。どうしてディランが誘うんだ」

マークがそう諭してくれるがもう遅い。
この空気で却下など出来るはずがない。何と言ってもわたしは空気を読むという言葉を作ってしまう日本人である。


そうして計五人でバスに乗り込むはめになった。
二人掛けのシートに後ろからマークとディラン、テレスとエドガー。そしてわたしと紙袋で座る。

どうしてこうなったのか。
痛む頭を抱えながら、秋にメールを作成する。
これだけの人数を連れて帰ったらみんなに何と言われるか。守あたりは喜びそうだが、一郎太なんかは怒りそうだ。

『ごめん、もう一人追加』

長文を打つ気力もなく、簡潔に打ち送信。
それと同時にバスが停車し、数人の男女が乗車してきた。のだが。


「嘘でしょ・・・」


もう笑うしかない。


「あれ。ゴンベにマークたち・・・!どうしたんだい?」
「「「「フィディオ!」」」」


今日は厄日か。


「オレはマモルたちに改めてチームKとの試合の御礼をしに行こうと思って」


にこにことわたしの隣に腰を下ろしたフィディオ。紙袋は彼の膝の上だ。


「オレたちはゴンベに招待されたんだ。ジャパン料理を作ってくれるってね」
「へぇ、ジャパン料理か。そういえば前にローマで食べた焼きウドンは美味しかったし、エンターテイメントだったな」
「エンターテイメント・・・?」


焼きうどん自体は今までと違い突っ込むところはないが、焼きうどんにそんなものが必要だろうか。
恐る恐るどんなものか聞いてみると・・・。


「花火がばちばちって、凄かったよ。こう、真ん中に立てられていたんだ。日本人の発想は素晴らしいね!」
「・・・・・・」


むしろ日本人には出てこないだろう発想である。

送信し持ったままだった携帯から送信済みボックスを開き、つい数分前に送ったそれをそのまま再送。


そして、冒頭に戻る。
Back