▼どうか探さないでください
『どうか探さないでください』

そう紙に書いて自分の机に置くと、私は見慣れた職場を静かに去った。
分厚い財布の中には予め換金しておいた人間界のお金が入っている。暫くはこのお金で暮らそう。足りなくなったら人間界で働けばいい。もう死神の仕事はたくさんだ。

人間界の人口は増える一方だが、死神の人口は100年前と然程変わらない。そのため100年前は余裕で定時に終えていた仕事が今では6時間残業してどうにか終わるほどになっていた。報告書がかなり簡易な物になっているにも関わらずだ。ただでさえ人の死を看取るのは精神を削ぐというのに、こんな社会ふざけている。

無事に人間界へと着いた私は、人のいない路地裏で『人間体験薬』を飲む。この薬は天界で大流行しているという、その名の通り人間になれる薬だ。全く、天界人はお気楽なものだ。そう溜め息を溢しながら付属の『元通り薬』をポケットに仕舞った。薬の効果を確かめようと背中を見てみると、黒い翼が綺麗さっぱりと消えている。

「おお、これは凄いな。」

ルンルン気分で路地裏を飛び出すと、目が合った通りすがりの人が素早く目を逸らして早足で去っていった。首を傾げながら周りを見渡すと他の人も同じようにして去っていく。自分は確かに人間の姿になったというのに、一体何がおかしかったのだろうか。

もう一度自分の体を確かめようと思い、ビルのガラスに反射した姿を見つめた。そこで私はようやく違和感の正体に気付く。

「……しまった。」

通りで避けられるわけだ。目の前のガラスに写った鎌を持った人間を見て、私は大きく溜め息を吐いたのであった。
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