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頬を刺す寒空、枯れ葉が舞い地面を覆い隠す。手は悴んで真っ赤になっている。わたしは手を擦り合わせ、はあ、と白い吐息をひとつ吐いた。もうすぐ。もうすぐあの人が来てくれる。そう自分に言い聞かせてどのくらいの時が経ったのだろう。もう日も落ちてしまった。あの人は今日も来ない。
「もしも戻ったら、」
そう呟いて口をつぐみ行ってしまったあの人の言葉の続きが聞きたくて、いつまでもこうして待つわたしはどうしようもない阿呆だと思う。それでもあの人を想って待ち続けるわたしがわたしの中で色濃く広がる限り、わたしはあの人を待つことができる。だからあの人がわたしの中で溶けていなくなってしまうまで、わたしはあの人を待つのだ。たとえばいくつか時が過ぎ去ってお婆さんになってしまったとしても。
はじまりは本当に些細なことだった。本屋で本を選ぶ真剣だったり、楽しそうにしている横顔がいいなと思った。次は本に触れる指が何だか優しくて、あの人に触れてもらえる本たちが羨ましいと思った。そう思ってしまったら恋に落ちてしまうのは早かった。わたしも本のように触れて欲しい、優しく見つめて欲しい、あの人は普段何をしているのだろう、好きなものは何だろうか。そんなことばかりが毎日頭を埋め尽くして、なんだか自分がとても卑しく醜い存在のように思えた。それでもあの人を見ていたい、見ているだけではなくて声も聞きたい、わたしはなんて欲張りで情けないのだろうと自己嫌悪を繰り返していた。
わたしがよくあの人の前に現れるので次第にあの人もわたしを見掛けると会釈をしてくれるようになった頃だった。はじめに声をかけたのはあの人の方からだった。
「いつもお会いますよね、本が好きなんですか?」
人の良い笑みを浮かべて話す光景は夢にまで見たもので、わたしは顔を熟したりんごのように真っ赤に染めて頷くしかできなかった。そこから少しずつ話すようになり、いつしかわたしたちはお互いを想い合うようになっていた。あの頃は毎日が、何もかもが、キラキラ輝いて眩しく見えていた。
ガタン、パチパチ
現実に戻ったわたしを傍らで温めてくれていた火が、今にも燃え尽きそうだと悲鳴をあげていた。わたしは薪をくむべく雪が舞いはじめた寒空へ出ていくと、見慣れない服を纏った待ち焦がれた男が立っていた。目頭が滲んでもう顔はよく見えないけれど、わたしを包むやさしい声はあの人そのものだった。
「おかえりなさい」
嗚咽で声にならなかったけど、それでも構わなかった。舞いはじめた雪のなかでわたしたちは永遠を知った。