恋の関
家族との食卓が一番の心の癒しであり、活力。幸せな時間だ。
だが、俺は昨日から心に引っかかることがある。
秋刀魚の背骨に沿って箸を入れながら何でもない風を装って聞いてみた。
「オマエさ、もしかして彼氏できた?」
すると妹の名前は一瞬きょとんと首をかしげてからありえないとでもいうようにケラケラと笑った。
「ん?彼氏?できてないない。お兄ちゃんったら急にどうしたの?」
「いや、だって…オマエ昨日ちょっと変だったからさ。」
「昨日?ああ、お兄ちゃんが急に帰ってきたからびっくりしちゃって。」
「でも、なんか…俺の帰りをあまり喜んでない気がしたというか…」
そう、俺は昨日の任務帰りに名前の職場である木の葉中央図書館に顔を出した。
2週間も早く帰って来たから、名前はきっと喜ぶと思った。二人きりの家族だからね。俺が留守の間、きっと心細かったことだろう。
だが…
「え?あれ?早くない!?」と、青ざめられてしまったのだ。
どうして?お兄ちゃん悲しいよ。
「それは、えっと…長期任務から帰ったらお兄ちゃんにご馳走作ってあげたいって思ってたの。でも、まさか二週間も早く帰ってくるなんて思ってなかったから冷蔵庫の中空っぽだし焦っちゃって。」
「別に俺はお前と一緒に食べるなら白飯だけでもご馳走に思えるけどね。」
唇をすぼめて拗ねた兄を見て私は思った。やはり昨日の反応はマズかったな、と。
兄はよく仕事場に突然現れる(オフのたびに図書館で18禁本を片手にチラチラと私の仕事ぶりを盗み見するのはやめて欲しい。)
「もーそんなに拗ねなくてもいいじゃない。大好きなお兄ちゃんに美味しいものを食べてもらいたいっていう可愛い妹心よ。」
もめたら“大好き”の部分を強調して言うのがミソだ。
案の定、先ほどまでしょげた顔をしていた兄は途端にパッと明るくなった。
「ほら、茄子の味噌汁おかわりいる?お兄ちゃんの好物だから沢山作りすぎちゃった。」
そして、私は優しく問いかけながら心の中でこっそり溜息を吐いた。
だって、またしばらく代わり映えのない日々に戻ってしまったから。
時計が5時半を指すと仕事着のエプロンをロッカーに仕舞い、家に帰って夕飯を作る。
ここ何年かはもう恋愛するのを諦めていて、そんな日常に何とも思わなくなってた。
だけど今、私は久しぶりに恋をしているのだ。
兄が不在のこの二週間を思い出し胸がキュッとなった。
早くまた会いたい。彼の腕にすっぽり抱きしめられていたい。
一緒にいたら楽しくて、ホッとするのにドキドキして…大好きなの。神様、あの人との時間をもっと頂戴。
時は戻り、二週間前のはたけ家の玄関前。
「名前一人にしてごめん。淋しいよね…1ヶ月の長期任務なんてオマエのことが心配過ぎて気が狂いそうだ。」
「お兄ちゃんがいないと家が空っぽに感じるけど……任務だし仕方ないよ。」
「こらこら、そんなこと言われたら行きたくなくなるでしょ。」
「…ごめん、つい…ぐすん。」
涙目で別れを惜しむ兄にテンションを合わせてこちらも過剰に淋しがっておいた。私が鼻を啜ると、今にも兄の目からは涙が零れ落ちそうになった。
そんな反応にちょっと罪悪感。心配な気持ちはもちろん本当だけど、兄の留守を心待ちにしてたから。
「やっぱり俺、オマエを残して任務なんて心配すぎて無理。」
「もう、はたけカカシがなに甘ったれたこと言っちゃって…早く行かなきゃまた遅刻しちゃうよ?」
背中を押して後ろ髪引かれる思いの兄をなんとか送り出した。
そして、兄の姿が見えなくなったことを確認し事前に用意していた旅行バックを持って私も出勤した。今日の仕事終わりそのまま恋人の家に泊まるからだ。
お兄ちゃんが里に居ると怖くて落ち着いて会えないもの。兄の長期任務は彼との愛を育む最大のチャンスなのである。
そこからはラブラブの半同棲生活。仕事が終わったら彼の家に帰って夕飯作って一緒に食べてイチャイチャ。そのまま彼氏の家から出勤して…の繰り返し。
お兄ちゃんと過ごす時間も楽しいし安心するけど、やっぱり家族と恋人の満たしてくれる心の箇所は違うと思う。甘い時間が幸せでたまんない。
彼の何が好きかって?もちろん全部好きよ。でも例えば、そうね、照れ屋なとこがとても好きかも。
寝る前にベッドで本を読むのは二人の習慣なのだけど、私はいつも集中できない。だって、彼の横顔にドキドキしちゃうから。
そして、見てるだけでたまらなくなった私はついついちょっかいをだしてしまうのだ。
「ヤマト、かっこいいね。」
「君はすぐ僕を褒める。」
「心から思ってるよ。ヤマトは本を読んでるだけで絵になるよ。図書館でもずっとそう思ってたもん。伏し目がちなヤマトとってもかっこいい。」
「本当だか…僕を手放しでカッコいいと言うのは知る限り君ぐらいだ。」
「手もね、好きなの。私より大っきくて骨張ってるのがね男っぽくて魅力的だよ。」
「はいはい、もういいよ。」
「優しくて頼りになるとこも好きだし、中身も外見も丸っと好き。」
「もう、わかったから…。」
「耳赤いよ?」
「女性に褒められ慣れてないんだ。もう勘弁して。」
そして、本を閉じると恥ずかしそうにそっと耳を手で隠した。
本に目を落としたままで素っ気ないなぁと思ったけど、私からの賞賛の嵐にどう反応したらよいのかわからなかったみたい。
そんな彼が愛しくてそっと頬にキスをした。
「僕をからかってるだろ?」
「ううん、可愛いなぁって。」
そんなこんなで半同棲生活はラブラブの極みだった。
鬼のいぬ間の1ヶ月限定なんて悲しすぎる。
お兄ちゃんが里内任務や日帰り任務だと、門限が厳しいからゆっくり過ごせないし、こそこそ会わなきゃならないもん。
昨日の勤務中もカレンダーを見て、お兄ちゃんが帰ってくるまでの半分の時間が過ぎちゃった…もっとお泊りしたい。いやいっそのこと住みたい…そんなことを考えていたら不意に兄が私の職場である木の葉図書館に現れたのだ。
「よっ!名前、ただーいま。」
長期任務からの帰還。超絶お疲れのお兄ちゃんへの正しい対応は心得ている。
“お帰りなさい!無事に帰ってきてくれてよかったぁ…淋しかったよ。”
兄の取説の一ページ目に記載しておいてもいい。
帰還したらとりあえずコレを言っとけと。
だというのに私ときたら…ヤマトとの残り2週間のラブラブライフ中断のお知らせに目の前は真っ暗。つい本音がポロリと出てしまったのだ。
「え?あれ?早くない!?」て。
自分の馬鹿…
お兄ちゃんに異性との交際がバレたら、あの手この手と邪魔をしてくるのは目に見えているのに。
現に今までの彼氏はお兄ちゃんが原因で別れるハメになったし…
だから私は新しい恋を隠し通さねばならないのだ!
「名前?険しい顔してどうしたのよ。」
兄の問いかけで我に返った。
「ごめん、ちょっと仕事のことで考え事してて。」
「忙しいの?」
「う、うん…まあ…ちょっと忙しいかなぁ…でも、お兄ちゃんの方がずっともっと大変でしょ。今日だって長期任務空けなのにお休みじゃなかったし。」
「いや、別に。今日は待機でテンゾウの恋愛相談聞いてただけだったしね。急に泣き出すからびっくりしたよ。」
テンゾウってのはお兄ちゃんが可愛がっている後輩のことだ。会ったことはないけれど、よく話に出る。アイツは爪が甘いやら、ここぞという時に決められない残念な男とか散々な評価を兄から受けているけど、口ぶりからお気に入りの後輩だということはよくわかる。
「へぇ?なんでまた。けっこういいお年の人じゃなかったっけ。」
「なんでも彼女に二股されてるみたいでね。それなのにアイツったらベタ惚れ。女に転がされてるテンゾウもテンゾウで馬鹿だけど、相手の女はそうとうなやり手とみたよ。」
「へー。テンゾウさんは変な女に引っ掛かってツイてないね。」
つづく
2019.04.07
prev | list |