馬鹿な独占欲
「小花柄にフリル。」
任務中、森の中での昼食タイム。サクラはニタリと笑みを浮かべて僕に言った。
「なんだいそれ?」
「名前さんと今度プール行くんでしょ?」
「ああ、そうだけど。」
名前とサクラはなんでも話しているから、いろんな瞬間に焦ってしまう。
「この前、水着を見に行ったんですよ。名前さんね、一緒に選んで欲しいって言うから。一生懸命選んでましたよー。」
「…そうかい。」
なんだか返答に困る。
あえてなんでもない風を装っておいた。
「ヤマトさんってこんなの好きかなぁ?て何度も私に聞いてきたんですから!正直なところ隊長の好みよくわかんないんで、名前さんによく似合うビキニを勧めておきました。」
……ビキニ!?
思考が一時停止するほどの衝撃が僕に走った。
「ピンクの小花柄で胸元にフリルがついてて可愛かったですよ。その水着、私が見つけ出したんです!」
「それは…ありがとう。」
まるで偉業を成し遂げたかのように誇らしげに語るサクラ。
水を差すのもよくないと思いとりあえずお礼を述べた。
でも、素直に喜べない僕はなんて器の小さな男なのだろう。
急な任務が入らなければ今週末にプールに行く予定。
今のところ、天気予報は快晴。
サクラに気付かれないよう僕はコッソリと溜息を吐いた。
どうしてこうなったのか。
初夏。名前からの発案だった。
「ヤマトさん、去年の夏はたくさん散策しましたね。」
「そうだね、今年も朝の散歩をしようか?」
「それもしたいんですけど、今年はもう少し夏らしいことをしてみませんか?」
「いいけど…どうしてまた?」
すると、彼女は少し照れたように言葉を紡いだ。
「だって、せっかくヤマトさんと付き合えてるんだから一つ一つの季節を一緒に堪能したいんです。」
彼女はふいを突いて、いつも僕を喜ばす。
「いいね、僕も君と夏を楽しみたい。」
「よかった!でね、実は考えてたんですけどプールはどうですか?」
「ああ、この夏上手いこと休みが重なったら一緒に行こう。」
名前からのデートの誘いに調子に乗った僕は二つ返事で即OK。
「ふふ、楽しみ。ヤマトさんと水に浸かってぷかぷかしたら楽しそうだなって思ってたんです。お休みが重なった日が晴れだったら行きましょうね。」
「晴れるといいね。」
「私、木の葉に来てからプールって入ってないし楽しみです。久しぶりだな。浮輪買わなくちゃ!」
一緒に夏を楽しみたい。
そう言って嬉しそうにはしゃぐ名前を見て僕も幸せな気持ちになった。
……その時は
でも、よくよく考えてみたら……プールってことは水着を着用するわけで。
名前が……水着!?
水着ってあの表面積がやたらと少ない衣服だよ。
て、ことは…僕以外の男の目に彼女の胸やらお尻やら太ももやらが際どいラインまで晒されるんだよね。
なんだか、それはあまりいい気がしない。
と、いうか嫌だ。
いつも露出しない彼女の白くて柔らかな肌は僕だけのものだと思っていた。
つまり、名前の胸のサイズは僕だけが知っていたらいいことなんだ。
彼女とプールで楽しい時間を過ごしたい気持ちに嘘はないけれど、それ以上に自分のつまらない独占欲がもやもやと心にわだかまって仕方がない。
だから、せっかくたまに重なる休みは雨になってしまえばいいと思っていた。
でも、僕のために水着を選んでくれたのは嬉しい。
小花柄にフリルのビキニを着た名前
それは是非とも堪能したい。でも、他の男には見せたくない。
また、溜息が出た。
名前は純粋に共に過ごす時間を楽しみにしてくれているっていうのに僕ときたら……
自分の器の小ささがほとほと嫌になる。
―――
僕は今プールサイドに立っている。
女子更衣室から彼女が姿を現すのを待っているのだ。
そう。プールは決行された。
神様はこんな僕の身勝手な思いに味方なんてやはりしなかった。
今日は雲一つない快晴。紛れもないプール日和。
ジリジリと太陽が僕の肌を焦がす。
こんな日に水に揺られるのはそれは気持ちがよいだろう。
でも、気分は相変わらずの曇り空だ。
よりにもよってどうしてビキニなんだい?表面積の割合でいうと下着となんら変わりないよ。
僕はそりゃあ見たいけれど…。
いつも下着姿だって満足には見せてくれやしない。すぐ隠すし。ベッドでは暗いし。
水着によって大切な部分だけが覆われた彼女を想像してみる。まじまじと眺めたい。そして、その布を剥ぎ取りたい衝動に駆られることだろう。
他の男も彼女の水着姿にそう思ってしまうのではないだろうか…気付けば眉間に皺が寄っていた。
見せたくないけど、自分は見たい。複雑な心境。
つまらない独占欲はまだ健在。
そろそろ、来る頃かな。
「ヤマトさんお待たせしました。」
「え……?」
現れた名前を見て僕は目を見張った。
だって彼女はハーフパンツに長袖のパーカー。
「暑いですねー。早く入りましょ!」
ぐいぐい僕の腕をひっぱりプールへと足を進める名前。
「ちょっと待って!その服は脱がないのかい?」
「ああ、これはラッシュガードなので。そのままプールに入っていいんですよ。」
え?あれ?
「小花柄にフリルのビキニは?」
「ええ!?なんでヤマトさんが知ってるんですか!?」
「サクラから聞いてて……。」
「ああ、そうなんですか…。せっかくサクラちゃんが選んでくれたけど…やっぱりビキニって恥ずかしくて。上から着るものも買い足しちゃいました。」
拍子抜けした。そうだ、それでこそ名前だ。そういう子だ。
彼女はというと、なんだかバツが悪そうに頬を掻いている。
「色気なくてすみません…。」
「いや、好都合だ。」
「どういうことですか?」
僕の言葉に頭からハテナをとばす彼女。
それは君が知らなくていいことだよ。
「僕のために選んでくれたんだろう?じゃあ帰ったら僕にだけ見せておくれよ。ね?」
すると彼女は頬を染めて僕を見つめた。
そして恥ずかしそうにゆっくりと頷いた。
途端に肌を刺す太陽に感謝した。
自分でも調子のいい奴だと思う。
プールではしゃぐ名前を見るのは楽しいだろう。
そして、家に帰ってから更に彼女との夏を堪能しよう。
やっぱり僕だけが知る君でいいんだよ。
おしまい