木遁使いでよかった
あれから僕は隙あらば薬局に寄っている。
そう、なんとかまずは親しくなろうと頑張っているのだ。だけど幾度となく足を運んでも何故だか会えない。彼女はいつもいない。
もしかしてもう村に帰ってしまったのかい?
先輩、春までって情報はガセネタですか?
珍しく一日休みの今日も挫けそうな気持ちを奮い立たせて薬局に行った。
でも、いなかった。あの人はどこに消えたんだ。そんなこんなで最近の僕はため息ばかりついている。
とはいえ、せっかくの休日を無駄にしたくはない。
今日は本でも読んで過ごそうと思い、木の葉商店街の中にある本屋に寄って帰ることにした。
建築関係の棚で本を選びながらも頭の中は彼女のことばかりだ。今頃何をしているのだろう。
気付けばまた一つ溜息が溢れていた。明日からニ週間の任務だから今日会えなかったのが尚更悲しかったからだ。今日を逃すということは少なくとも何も進まない現実がニ週間加算される、そんなことを考えながら前々から気になっていた本を数冊手に取りレジに向かおうとした時だった。
僕は喜びと驚きで思わず本をバサリと床に落としてしまった。
つい数メートル先に名前さんがいるじゃないか!!
「ヤマトさんじゃないですか。」
本が落ちた音に反応して声をかけられた……!?
頭の中は真っ白だ。
上手く言葉が出てこないよ。
その上、名前さんは僕が落とした本を一緒に拾ってくれている!?
どういうことだ、白昼夢か…
まだ呆然としている僕に彼女は微笑みながら本を差し出してくれた。
「はい、どうぞ。」
「……すみません、ありがとうございます。」
「いえいえ、なんでか落っことしちゃう時ってありますよね。」
うん、今日も優しいな。
まさかこんな幸運が今日は待っているとは思いもしなかった。
ん?彼女の目線が僕の本に凄く注がれている気がする。
「建築関係の本を読むのが好きなんです。名前さんも興味ありますか?」
「いや、興味っていうのかな。その一冊が気になっちゃって。」
彼女は一冊の本を指さした
“家の部分修理徹底解析“
これ?なんで?
「私の家の窓枠がね、なんだか最近タテ付け悪くって困ってるんですよ。大家さんにわざわざ言うほどでもないんですけど。だからついつい目が追っちゃってました。」
名前さんんは自分の無意識の行動を照れているのか小さく頬をかいていた。
そして、僕の頭のなかで一つの妙案が生まれた。
「窓枠はもしかして木製だったりしませんか?」
「はい、そうです。」
こ、これは!チャンスだ!
「だったら、僕の得意分野です。よければ直しに行きましょうか?」
「いやいや、そんなたいしたことじゃないんで。」
笑顔で遠慮する名前さん。
でも、目で本を追ってしまうほどには困っているんだよね。
僕はこの好機を逃さないよ。
「本当にすぐにできるので大丈夫ですよ。」
「すぐに?ですか?」
「はい、すぐに。」
すると名前さんはなんだかピンときた顔をし、
持っていた本を小脇に抱えてなんちゃっての印を結ぶポーズをして聞いてきた。
「もしかして忍術ですか?」
「そう、忍術です。」
僕も本を脇に挟んで印を結ぶポーズで答えてみる。
「すごい!見てみたい!!」
意外と子どもみたいにはしゃぐんですね。
というか名前さん、声大きいです。
ここ本屋ですから!
目をキラキラさせて騒ぐ彼女を止めたのは僕ではなく本屋の店主の咳払いだった。
顔真っ赤ですよ、可愛いなぁ。
それから二人して本を買いにレジに向かった。
名前さんが手にしていたのは薬草学の本。
なんでも明日会う子にちょうど参考になる本らしい。
店主に本を差し出すときに、先程はすみません…
と、小さくなって言うもんだから思い出してプッて噴き出してしまったよ。
「なに笑ってるんですか!」
顔をまたもや赤くして僕に噛み付いてくるのが可愛くて仕方ないよ。
笑いを堪えきれない。
薬局以外の場所で言葉を交わすのはこれが初めて。
なんて楽しいんだろう。
「今からご都合がよければ是非直して下さい。」
店を出て、もはや窓枠の修理が目的ではなく忍術を見るのが目的になっている名前さんは僕の申し出に大変乗り気の様子。
そんな簡単に男の人を家に上げちゃダメだよ。
でも、口には出さない。
だってこんなチャンス二度と来ないかもしれない。
並んで歩いて家に向かう。
いつも薬局でカウンター越しに話すときとは違う距離間。
駄目だ、ドキドキして会話が出てこない。
少し沈黙が続く。
それを破ったのは名前さんだった。
「先日ヤマトさんの名前を聞いたとき、びっくりしたんです。」
「どうしてですか?」
「この人がサクラちゃんからよく聞く“ヤマト隊長”なんだって思って。」
「名前さん、サクラと仲良いんですね。サクラは僕のことなんて言ってるんですか?」
二人とも医療関係者だもんね、仲良くても不思議じゃない。
「サクラちゃん、ヤマト隊長がいると凄く助かるって言ってましたよ。」
「ホントに?」
あ、素直に嬉しい。
サクラ、イイコだな。
「ヤマト隊長がいると野宿の時に家を出してもらえるからラッキー!て。」
そこなんだ…いちおう初代火影様の有難い遺伝子なんだけど
「私その話聞いた時に信じられなくてビックリしたんです!家を出すなんて魔法使いみたいです。」
「そ、そうかな。そんなに凄いものでもないよ。」
またまたキラキラした目で見られたら照れてしまう。
今ちょっと大蛇丸に感謝してしまったよ。
そして彼女はニコニコと笑顔を零しながら続けた。
「それに、ヤマトさん私が想像してたよりずっと気さくで話しやすい人ですね。」
「そうかな、照れるな。サクラは他には何か言ってた?」
なんだか我ながらいい雰囲気じゃあないか。
「あっあぁ…えぇっと、…そうそう!強くて仕事ができるって言ってましたよ!」
………今、物凄く目が泳いだよね?
「それ本当に?」
「そ、総括するとそんな感じのことを、です。」
名前さん思いきり目をそらしてるんだけど、サクラいったい何を言ったんだよ。
ヤマトさんの目線が痛い。
今のきっと信じてないよね。
だって思いっきり目が泳いじゃったもん。
でも、正直に言ったらきっとサクラちゃん怒られちゃう。
恐怖による支配の話とか、
まぁそれはいいと思うの。
忍の厳しい世界ではそういった指導も大切なんだろうし。
でも、サクラちゃんったら……
ヤマト隊長は上忍で強くて真面目で顔もソコソコいいしー。あっ、私は全然好みじゃないですよ。
一般的にって話です。厳しいけど、仕事はできるし普段は温和で高級取りだしーモテるんですよ。
でもね!ここ何年か彼女いないらしいんですよ!
これって、怪しくないですかー?えっ?何がって?
やだもー名前さん!もう一人モテるのに彼女がいない人いるじゃないですか!カ・カ・シ先生!!
いっつもあの二人一緒にいるし、なんかよくわかんないあだ名で隊長のこと呼んでるし、普通の関係じゃないんじゃないですか?て、いうかデキちゃってるんじゃないですかー!キャー!!!
………言えないな。
ちらっと、ヤマトさんの顔を盗み見た。
なにか色々とサクラちゃんに言われたらマズイことがあるのかな。
顔を真っ青にしたり、かといえば赤くなったりしている。
今まで薬局で何度か対応した時は爽やかな忍さんだな、ぐらいの印象だった。
まさかサクラちゃんのいうヤマト隊長だってわかった時は驚いたけど。
思っていたよりも、ずーっと可愛らしい人じゃないの。
窓を直そうか、なんて言ってくれて親切だし。
ふふふ、優しくて可愛らしい人。
「何笑ってるんですか!」
心の中で笑ったつもりが声に出ていたみたい。
さっき私が言ったセリフを次はヤマトさんに言われたのが面白くて…駄目だ。
止めようと思うのにクスクス笑ってしまうじゃない。
「なんでもないです。」
「なんでもないのに笑いませんよ!あーもうサクラいったい何を言ってるんだか。」
頬がピンクに染まってますよ、ふふ。
どう切り抜けようか考えていたら家が見えてきた。
ナイスタイミング!
「あのアパートです。あの2階が私の家です。どんな風に直してもらえるのか楽しみだなー。」
ニコニコと笑いながら彼女に話を流されてしまった。
サクラに次会ったら問いたださないと!
「ここです。殺風景な部屋なのでお恥ずかしいんですが、どうぞ。」
ドアを開けてくれた。
好きな人の部屋に入るんだ。ドキドキするな。
カウンター越しの関係から、部屋にいれてもらえる関係に今日はスーパージャンプアップ。
ま、修理だけど。
たしかに部屋には女の子らしい小物とかは特になかった。
生活に必要なものとたくさんの書物、あと壁に写真が貼ってあるぐらいだ。
あんまり人の部屋をジロジロ見たら悪いな、ダメだダメだ。
「どの窓枠ですか?」
「ここです。」
僕が尋ねると彼女はベランダへと続く窓まで足を進めた。
たしかに凄く開け閉めしずらい。
ギーギーうるさいし、ちょっと腐食している部分もある。
まっ全然大丈夫だね。
術をかけようと印を組んで名前さんをチラりと見ると、また目を輝かせていた。
そんなに見られたら緊張しちゃうよ!
「木遁の術!」
「おおー!」
子どもみたいだ。
まったく大技でもないのに。
「これでもう大丈夫ですよ。」
窓を開け閉めしてみた。
うん、バッチリだ。
「すごい!ヤマトさん魔法使いみたいですよ!すごい!」
また、はしゃいじゃって。
そんな彼女の姿に僕の頬は緩み切ってしまう。
お茶でも淹れますね、と名前さんがキッチンに向かった矢先に窓をコンコンと突く音がした。
見ると呼出用の忍鳥が窓を突いている。
えっ、もしかしてこのタイミングで召集ですか?
気のせいと思いたかったが、確認するとやっぱり僕の呼び出しだ。
しかも至急だってさ。
カカシ先輩!勘弁して下さい!
「すみません。急に召集がかかってしまいました。」
「あらら、お休みの日も大変ですね。」
「まあ、よくあることですから。」
心の中でこっそり深い溜息を吐きつつ、靴を履いた。
せっかく家にお邪魔したのにもう帰らないといけないなんて……
彼女が僕のために淹れてくれたお茶、飲みたかったな。
「ヤマトさん、今日はありがとうございました。」
「いえ、こちらこそ。名前さんと話せて楽しかったです。」
本当に楽しかった。
それに今までは知らなかった彼女の一面を見れたことが嬉しい。
すると彼女はいたずらっ子みたいに笑ったのだ。
「私も“ヤマト隊長”とお話できて楽しかったです。」
こんなこと言われたら帰りたくなくなっちゃうじゃないか!
「お気をつけて。」
「はい。」
玄関で僕を見送る君。
なんだかこの絵図って新婚さんみたいじゃないかい?とか考えてしまう僕の脳みそは最高にうかれている。
あー!本当になんでこのタイミングで呼び出しなんだ!
でも、今日は今まで知らない名前さんの色んな面を見れた。
案外、子供っぽくていたずらっ子みたいに笑ったり。
でも優しくて。
あぁ、益々好きになっていく。