上鳴くんをふたりで見送り、手を繋いで帰路を辿った。
わたしと上鳴くんがしていたことは、きっと範太に見えていないだろう。けれど、こうして後ろめたく感じていることが表情に出てしまえば気づかないような範太ではないので気を抜いていられない。つとめて普段通り振る舞うしかない──と、ここまでとにかく「隠す」ことしか考えていないことに気付いて身震いした。

「帰ったら風呂でも沸かすか」

範太がひと呼吸置いて言った。上鳴くんを招き入れる為に昼間からふたりして掃除をしていたし、たしかに浴槽に浸かってその疲労を抜きたい気もする。

「……一緒に入る?」
「ナニ、誘ってんの?」

冗談のつもりで目を見て言ってみたけど、白い歯を見せて範太が答える。一緒に入ること自体は、頻繁にはないことだ。範太も元々、そこまで入浴を積極的に共にしたがる方ではない。
探るみたいに範太の目を覗き込むけど、そこになんの答えもヒントさえも見いだせない。

「ま、どっちにしろ沸かしときましょ」

今回も多分、一緒に入るということはないだろうということくらいしか分からない。範太がなにかに違和感を感じて居ないか、気が付いていないか、その答えは夜空に連れ去られてゆく。



わたしたちの部屋にたどり着いて、範太は浴槽に湯を貯めはじめ、わたしは洗面台で手を洗い、そのまま化粧も落としてしまおうとした。
その前に背後から肩に乗った重みに振り返って、それが範太の顎だったとわかったときには少し乱暴に唇が合わさった。腰から両腕で抱きすくめられては逃げることも敵わない──わたしは逃げたいんだろうか?
わたしの内側に尖った舌で探るように範太が入ってきて、漏れた声も範太の口腔へ消える。

「ぅ、ん……はん、た」

目を閉じているのに、範太は目を開けているような気がした。目を合わせるのが怖くて、わたしはそれを確かめることは出来なかったけど、いつもみたいに思考ごと溶かされるような心地がしなかった。きっとこれはわたし自身の後ろめたさがそうさせているのだと解っている。

「あ、待っ、……ん」

着ていたブラウスのボタンが外され、そこから範太の手が入ってくる。あ、このまま始まるんだとわかって肩の力を抜いた。

「なまえ、っ……」

範太がわたしの名前を呼ぶ。耳元に呼吸が被さるほどに近寄った唇から、何百、何千回と呼ばれた名前が今だけは心に差す重い影を濃くしていった。

「ほんとは気づいてんでしょ、なまえも」
「……なに、が、っ……ぁ」
「俺が先にわざわざ上鳴アイツだけ呼ぼうっつったワケ」

びくり、と肺腑を抉るかのような問いに身が縮みあがる。わたしが気づくより前からきっと、範太は知っていただろう──知らないはずがない。上鳴くんがわたしを好きだということを。さっきこの家で分かりやすく荒れた飲み方をした彼のことを、素知らぬフリで遣り過ごしたずるいわたしを。
否定したくても荒々しくざらついた呼吸が脳へ響くせいで、違うともそうだとも上手く言葉にならない。そのあと何かあったということだけ最悪分かられていようとも、その中身までは知られてはならないのに。
何とか必死に言葉を紡ごうとして、「わかんない」とだけやっと口にした。

「……嘘つくならもっと、上手になんなさいね」

ぼそり、と落とされたひと言に背筋が芯から冷え、同時に下着の肩紐が落ちる。
やっぱりこのひとはなんにでもよく気が付いてしまうのだ。彼に隠し事なんて、できるって思ってはいけない。後ろめたいことなんてないほうがいい。

ところが範太はそれ以上深くは追求せず、ひたすら執拗にわたしのくちびるを追いかけた。いつもなら離しているであろうタイミングで頭を後ろに動かしてみても、後頭部を拘束するように攫う手がそれを許さない。痛みこそないもののきつく舌を吸い上げられ、とうとう洗面台に背を向ければ近くの壁へと追いやられてわたしの逃げ場はなくなった。
されるがままに全部受け入れて、前戯もそこそこに片脚を挙げられながら立ったまま交わった。

「なんか他のこと考えてた?」
「……っ、なんで、あ」
「あんまり濡れてねぇなって思って」

「せっかちさんでごめんね」と言いながら範太は肉杭の膨らんだ先で一気に奥まで押しつぶすように抉った。
ごめんね、を今言うべきなのはわたしのほうなのに。ただ、わたしが謝ったところで「なにが?」と答えられるであろうことも分かっていた。謝る理由が彼にとって解りきったことだとしても。
それにこういうときに謝ってすっきりするのは当人だけだということを、大人にもなればさすがによくしっている。


範太が珍しく烈しくわたしを揺さぶり、肌と肌が触れあう度に派手に音が立った。蹂躙されるかのような律動。できるならそれに応えるように前後不覚になるほど感じて、声を上げたかった。きっと、わたしに縋る上鳴くんを突っぱねることができていたらこんなことにはならなかっただろうか、と不毛な例え話を想像する余裕なんて今このときにあって欲しくなかった。
目を合わせようとできるだけ努めていたものの、見つめ返そうとすればするほど全てが明かされるようでこわかった。そうやって怯えてることも、範太にはわかってしまうだろうから。

わたしはその夜初めて、達したフリをした。



20210627



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