言わされてたまるか

性欲は満ち足りても、それだけでは寂しかった。山崎さんは一枚も脱いでないし。この、どうしてか触れていたくてたまらないの、欲望だけじゃないように思えて仕方がなかった。
熱が上がりきった後みたいに急速に冷えている感覚があるというのに。
ゆっくり、着流しの上から山崎さんの脚の付け根へと手を伸ばす。抱きたいって思ってくれてないかな、と祈るように。するとそこには期待した以上の堅さがあった。

「ギンギンじゃないですか」

ふふ、と思わず笑みが零れた。筋肉がある訳じゃないのに、こんなに硬くなるなんて不思議な器官だ。

「……うるさいな」
「ん、っ」

押し付けられた唇をただ甘受し、吸い合う。
一瞬離れると着ていたものをとり払う山崎さんが、持参したらしい薄膜を被せたあとに再びわたしを改めて組み敷く。恐らく備え付けでは大きさが合わないからだろうけど、わざわざ持ってきたのか。やる気だったんじゃん。それとも近頃はいつも持ってた、とか?
ぬる、と埋没してくる感覚が同時に襲ってきて、さきほどとはまた違う種類の甘い痺れが身体を絡めとっていく。

「なまえさ、アカウント消した?」
「えっ、あ、っ……、はい」
「ふーん」
「今聞きます? それ」
「他探す気ないのかと思って」

たしかに、もう他にそういう相手を作る気にはなれない。だって、こんなに少しの隙間もなく埋められるひと、他にいるだろうか。

「もう、いいかなって……っ、ン」
「へぇ?」

会話の端々に呻くわたしを見る山崎さんは、どこまでも愉快そうに目尻を下げている。

「今さら他じゃ満足できんでしょ、どうせ」
「なんっ、あ、ぅ……すごい自信、っ」
「違った?」

どこからその自信が沸いてくるのか解りかねる。ただ、口惜しいことにその通りだった。モノが大きいことも勿論関係あるけど、山崎さんは、わたしが触られて気持ちいい所をしっかり覚えていてくれる。答えさせたいがために今だってこうして、エラの張ったそれで執拗に一際敏感な肉壁の一部を掠め続けている。

「や、あ、違わない、です」
「……素直なコは好きだよ」

好き、という言葉に敏感になってしまい、顔を直視してられなくなって視線を横に移せば、角度がよかったのか入ってるところがすごくよく見えた。

「っ、う……すげェ締まったけど、今」
「ぃや、締めてなっ、あ」
「ね、どっち?」

山崎さんはわたしの否定なんか嘘だって即行で見抜いて、どっちに反応したかを特定しにかかる。視線が時々鏡のほうに行ってることもバレてるしそっち見て興奮したか、それか今言われたことに対してなのかってことだろう。この人、仕事できるんだもんな。敵わない。
無駄な足掻きだと分かっていながら、できるだけ墓穴を掘ることのないように押し黙る。
なまえがそのつもりなら、とつぶやいたのちに山崎さんの顔がものすごく近くにきて、目を逸らそうが無駄だと観念したところ。

「なまえ、好きだよ」
「……! っ、や」
「好き、大好き」
「やだ、っ、ねぇ、あ゛、あ」

心拍数が上がりすぎて痛いくらいなのに、それと連動するみたいに子宮が収縮する。身体が、好きという言葉に全力で呼応する。本当か嘘か分からない言葉なのに舞い上がって、苦しいくらい心も身体も揺さぶられていった。訳が分からず、涙まで零れてくる。

「ねぇ、なまえは?」
「え、あ゛、無理ぃ、はぁ、あ……っ!」
「かわいい……ほら早く、答えて」
「んんっ、いく、さがる、ッ……す、好き、すきなのっ」
「っ、あ〜くそ……、誰にも、やんねェ」

剥き出しの独占欲をぶつけるような迸りを受け止めるべく、背中に回した腕でできるだけぎゅっと絡みついた。
わたしは他の人を探す気にならないけど、山崎さんも? 同じように思ってる? ──なんて聞きたくなったあたり、わたしはこの人が好きで、わたしだけの人になって欲しくてたまらないのだ。



「あの、や……退さん」
「んー?」

事が終わると苗字で呼んでしまいそうになるから習慣ってこわい。それに気づいてるかどうでもいいのか、後処理をしながらこちらを見ずに山崎さんが返事をする。
肌着だけとりあえず身につけ、それなりの決意をする。
山崎さんはわたしの嘘なんかきっと簡単に見抜くけど、わたしはそれが出来ないからちゃんと聞くしかないのだ。事後は口が軽くなるって教えたのは他でもない、彼なのだし。

「さっきの、あの……本心ですか?」
「さっきのって?」

我ながら、もっと自然な問い方はなかったのかと既に反省会をしたくなっている。
山崎さんはそこでやっとこちらを向くので視線がかち合い、余計に会話初心者のようになってしまう。

「す、すきだって」
「……は?」
「あ、やっぱその場のノリ的なやつですよね! ごめんなさい! 忘れます!!」

あからさまに何言ってんだコイツ的な返事に日和ってしまったわたしは、すぐさま撤回をするなどという情けない行動を取ってしまった。
脱ぎ捨てられた着物を急いで着てわたしだけでも帰ろう、とベッドの上から手を伸ばしたが、その手首はすぐに上半身ごと攫われていった。

「忘れられたら困るんだけど。俺渾身の告白を」
「こっ……!?」
「誰にもやんねーって言った」

時が止まったみたいにわたしだけ固まる。告白だったのならせめて性行為中以外の、思考がまともな時にして欲しい。

「……女紹介しろって他のやつに集られてんのも気が気じゃねェし」
「そんな……こと、あった? ような……」
「お礼に奢るとか言われてたろ。で、他にも同じように男と会ってんのかと思ったらそもそも消えてるし」

山崎さんに聞こえてたんだ、いつかの食堂で先輩隊士としていた話。それなら断ったのも聞いてただろうけど。
心の底から不満、といった表情を崩さずに山崎さんは続ける。

「ほか探す気ないって聞いて安心しちまったんだよ。俺だけなんだってさ。そしたらもう立派に恋だろ」

今わたし、どういう顔をしたらいいのだろう。
表情筋がふにゃふにゃで、気を抜いたら笑顔というにはずいぶんだらしのない顔になってしまう。泣いたらいいのか笑ったらいいのか怒っていいのかわからない。

「じゃあなぁんでそんな大事なことハメながら言うんですかぁあ!」
「ハメ……ふふ、悪かったって」

結果、少しだけ怒った。口では謝っているけどこの人、全然悪いと思ってない。間違いなく面白がっていて、喉の奥で音を立てて笑っている。
それから一頻り笑ってから少し黙って、自白するように続けた。

「……なまえが手なんか握りたがるから」
「手、ですか」
「今日は指1本触れないつもりでいたのに。必死で」

批難するような目。わたしが悪いと言いたいらしい。実に理不尽である。でも、嘘じゃないって、わたしの都合のいい解釈じゃないって分かったらそれもどうでもよくなった。両成敗。わたしも退さんも、互いに負け。

「でも好きですよ、そんな退さんのこと」

前後不覚じゃない状況で初めて、言わされる訳でもなくわたしはそう言った。

「……同感だよ」

退さんも短く答えた。わたしはたまらなく幸せだ。多分、彼も。



20210625
end


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