堕ちてたまるか

必要な情報だけ手に入れた俺たちは素知らぬ顔で会計を済ませ、連れ立ってバーを後にした。もうすっかり辺りは夜の匂いが色濃く、淫靡なイルミネーションが明滅している。眩しいのか暗いのかいよいよ判断がつかない。今になって酒が回ってきたのかもしれない。
みょうじはというとほとんど俺に寄りかかるようなかたちで、腕に絡みついたままちいさく歩を進めていた。

「みょうじ、そんなに飲んでたっけ」
「一杯だけですよう」
「……あっそお」

店を出た瞬間腑抜けたもんだ。彼女なりに気を張っていたのだろうし、その緊張が解けてそうなったであろうことは容易に想像がつく。
大体こいつが手なんて握るから、と誰に対してでもなく動揺してしまったことの言い訳を思い浮かべた。べつに指1本触れたこともないような仲でもないくせに。任務に支障を来さなかったことだけが救いだった。

どういう訳か上機嫌なみょうじを伴ったまま、先程任務が終わったことを電話で副長に告げた。すぐに帰って直接──とはならず、電話口での報告となった。遅い時分だからとはいえ、珍しいこともあるもんだ。とどのつまりこのあとどうしようが自由なのである。

「副長、なんか仰ってました?」
「いんや別に。内容だけ聞いて、『そうか、ご苦労』……そんだけ」

あの人なりにみょうじの身を案じていた様子だったことは、伏せておいた。なんとなく気を遣わせそうだったから。いやはや、場所柄もあって俺も心配はしていたけれど、本当になにもなくてよかった。

「ほら、帰るよ」

しがみつかれているのとは逆の空いた手をみょうじの頭上で2、3あやすように弾ませれば、ふにゃりと口角を緩ませていやに幸福そうな笑みを向けてくる。

「帰るんですか?」

純粋な疑問だと言わんばかりの淀みない瞳をがこちらを見る。問われて初めて、このまま帰るのを勿体なく思っていることに気がつくなどした。
最初にこんな街をふたりで歩いた時は、手をとるなり夢中で目的の建物へ向かったものだった。なのに今の俺ときたらどうだ、少し朱が滲む頬や、みょうじのほうから握られたまま今もある柔らかな手の感触に今更、本当に今更になってどぎまぎしているなんて。触れ合うことの全てを尽くしているくせに、そんな俺のことに気づいてもいないようなその視線にだって。

「はぁ〜……おまえさ」
「?」

女の人を捕まえてお前呼ばわりなんて日頃しないように気をつけていたはずが、今回ばかりはつい出てしまった。無自覚なのか計算でやっているのか。どちらにしたってちょっとでも可愛いとか思ってしまったほうの負けなのだ。
言い訳するようだけど、本当にそのつもりはなかった。仕事でああいった施設に行った後にホテルなんかへ連れ込むなんていうのは、先輩という立場と職権を悪用しているようで、そういう気にはななれなかった。本当に直前まで、そう考えていた筈だった。

「なに、今日は帰りたくないって?」
「……」
「おい、黙るなよ」

そういう街だから、俺らふたりがもだもだしていようが視線を集めるなんてことはない。それでもできるだけ早急に、段々と口数が少なくなっているみょうじがなにを思っているのか答え合わせをしたかった。
先程より頬に滲む朱の密度がみるみる濃くなっていくみょうじが視界に入るととうとう音を上げた俺は、「まぁ、これは俺の願望だけどさ」と白旗を上げるようにつぶやいた。これでまだ黙ってついてきてくれるなら、図星だって解釈するからな。






エレベーターに乗るなり唇を押し付けたのはわたしのほうだった。手を引いてここまで連れてきたのはあの時と同じで山崎さんだしついて行くことを決めたのもわたしだけど、そこだけがあの時と違った。
仕事中だからとずっと自分に言い聞かせていたツケがまわって、考えるより身体が動いたのだと思う。自分から誘うようなことはしないって決めたはずだけど、長男じゃないから我慢なんてできないし。直接的なことはしていないからセーフだって行動したあとで線引きをするのは狡いかな。

入った部屋は和室で、わたしたちが暮らす屯所を彷彿とさせるつくりだった。任務のあとというのもあって罪悪感がつのる。部屋の雰囲気に合わせたらしく高さが控えめのベッドまで行くとなんとびっくり、その周りの壁が鏡張りだったのである。

「うわぁ」

と口の端から零せば、ほとんど同じような声を上げたのが隣からも聞こえた。

「……いや、いいかも」

なのについさっきの「うわぁ」を秒で覆す山崎さんに戦慄してしまった。もしかして、ハプニングバーに行ったことによって少なからず妙な影響を受けている?
わたしが唖然としているのなんか露程も気にせずベッドに座る山崎さんが、隣をぽんと叩く。

「おいで」

さっき握っていた手ほどに優しい声色で、吸い寄せられるように言われた通りとなりへ座った。するとわたしの手に山崎さんのおおきな手が重なってキスをされる気配がしたので目を閉じた。
大事なものに触れるかのようにそっと食むくちびるの動きに応えるように、首元に腕を回した。背を反らしてでも、力が抜けていくことに抵抗しようと精一杯だった。そんなに烈しさはなかったのに、ちらりと視界に入った鏡には溺れていく私が映っている。けれどわたしの背後に回った山崎さんの手がつよく着物の布地を握る様子も同時に目に入って、それなら「いや、いいかも」と思った。わたしも結局即行で撤回してやんの。ウケる。血管、浮くんだな……。


うわぁ、と思った割にわたしはちらちらと鏡を確認してしまっていた。上から抑え付けられてされるがままに着ていたものが肌蹴てゆくさまや、山崎さんがわたしの身体を弄ぶことで反応していく様子がやけに客観視できてしまって──と思案したところで、上から舌打ちが降ってくる。首をあるべき向きに正すと、心底気に食わないらしい顔つきで見下ろされていた。1度抱かれる前の印象だった優しくて頼りになる先輩、とやらはいずこ。

「んな余裕あんのかよ」
「え、あ、っ……ぁ!」
「そんなら俺、やりたいようにやるから」

山崎さんのやりたいようにっていうのが予想がつかなくて、聞き返したかった。多分まだ連絡を取り合っていた相手が山崎さんだって知らなかった時、聞いたかもしれないけどなんだっけ。

中に指が入ってくるなり迷いなく、もうすっかりよく知られている好きなところを小刻みに指の腹で突いてゆく。親指は抜かりなく恥核を捕らえて、聞き返す間を与える気なんかないことは充分にわかった。


「……なんだ、いつもより濡れてんじゃん」
「え、や、違っ、ぁあ」
「他人のセックス近くで聞いてたせい? ねぇ?」

尋問するその顔は水を得た魚のように生き生きとしていてムカつくのに、わたしは無様にもその水を差し出す形となっていた。非常に不服ながら。
山崎さんの瞳にも、視界の端にある鏡にだって、みっともなく堕ちていくわたしの姿が嫌という程映っている。

「一応、勤務中だったのにな。そんなスケベでいいの?」
「や、ぁあ、っ許し、て、さがる、っ」
「無理」

短く切り捨てるなり唇が些か乱暴に塞がれて、手を握っていたときや、部屋に入って最初のキスなんかよりよっぽど優しくないのにそれがいい。エッチな子は好きって言いましたよね、って批難したい気持ちもあれど、頭も口も回るわけがなかった。
それでも指だけは一定の律動を保って、素晴らしい程正確に性感のその先へ真っ直ぐ向かっていた。
格好だけは許しを乞いながら、もっとしてほしいという欲が、山崎さんの着流しを握る指からきっと知られてしまう。

「イくんでしょ、ほら」
「え、も、……わかん、なっ」
「可愛い。すっげえかわいいよ、なまえ」

慈しむような囁きを前に、わたしは完敗だった。可愛い、だって。
彼の言う通りだったことに、気を()ってから気付いた。不覚にも。それと、正直前戯の方が好き、と言っていたことも今になって思い出した。



20210625


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